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第22話

「伺っても良いですか?」  数日前に見た最悪な夢見を咽喉の奥に仕舞い込むように今度は亘理から口にする。李は調子も変えずに不敵に「なんだい?」と笑って返すと、亘理は静かに尋ねた。 「これからどうするつもりなんですか?」  亘理のその言葉に李は分からないという風に穏やかに眉を顰める。  多分、李の話からすると、まんまと手中に捕らえた腕っぷしも弱いひよっこで、扱いやすいだろう亘理を使って、黒木へ自分の死に化粧を承諾させるつもりだったのだろう。  しかし、李は先程、このように公言していた。  本当は、と。  という事は少なくとも、当初に李が考えていた通り、単純に亘理を人質にし、取引を成立させる気はなくなったという事だ。その亘理の考えは亘理の口の外へ、李の耳の中へと勝手に移っていった。 「成程な」  そこで言葉を切る李。  やはり、李は組んだ右手の人差し指の先端で左手の基節骨の辺りを撫でるのが癖のようだった。李の左手の基節骨の辺りは彼の人差し指の先端で撫でられながら、途切れた言葉は再開する。 「実のところ、私はユーに興味があったんだ。あれが入れ込む情婦(オンナ)。どんなヤツか、面(ツラ)や声だけじゃなくて、直に話してみたいと思っていた」 「面や声……?」  亘理は不思議に思った。  李とは今日、初めて会ったのだが、当の本人はその疑問に実に堅気ではない、向こう側の人間らしい説明をしてくれた。 「ああ、現役の頃は情報1つで金も人もビッグアップルも動かしていた。堅気に盗聴、盗撮なんて少し下衆だとは思ったが、面も声も、ユーの気持ちも拾わせてもらったよ」  あのワンルームでの半ば、独り言のようにこれからする行動や気持ちを口にしていたのを人に、しかも、目の前の男に聞かれ、見られていた。  その事実に亘理は何とも言えない羞恥に襲われるが、李は気にも留めてないように笑う。 「単純にユーを人質にするのも良いが、ご褒美だ。ユーにもあれにも良い目を見せてやるのも悪くない」  亘理にはその李の意図がよく分からなかったが、次に続く言葉でそれは頭の隅の方へと置かれてしまう。 「それにユーは若い頃のヨシノブに似ている」 「慶喜さん……に……」 「そう。とても、とても……愛しいほどに」  昔から口遊んでいる歌を優しく歌うように呟く李に対して、今の亘理の心境は複雑なものだった。  巨木のように大きな愛情とその葉の色のように深い眼差しで黒木の傍にいて、この世を去る間際まで黒木の事を案じていた人物。  そんな人物の身変わりにされてしまう自分。  そんな人物の身代わりに黒木に慕われていくであろう自分。  それは黒木を好きだと思い始めたばかりの亘理にとってあまりにも悲しくて、辛すぎる事だった。

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