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「来ちゃいました」 「えっ?」  呆然としている高梨さんが面白くて、俺は思わず笑いながら「だから、来ちゃいましたって」と繰り返す。 「だ、駄目だ」  慌てたように高梨さんが扉を閉めようとする。 「えっ? 何でですか?」  材料までもう買ってしまったのに帰れとは酷い。俺は慌てて扉を閉められないようにと、腕でなんとか扉を押さえる。 「な、なんでもだ」 「困ります! 材料まで買ってきたのに」 「連絡もなしに来られても困る」  高梨さんがこんなにも狼狽えている姿は会社では見られない。貴重なこの姿をビデオに収めたいと、内心で惚気てしまう。 「連絡ならしましたから、さっき」  やっぱりさっきほどメールを送って正解だった。だてに三年間も一緒に仕事をしてきたわけじゃない。  そうこう揉めていると「りょーすけ誰かきたの?」と部屋の方から高い声が聞こえてくる。  驚きのあまり、二人して動きを止めてしまう。  確かに今、「涼介」と高梨さんの下の名前を呼ぶ声が聞こえた。俺ですらまだ、下の名前で呼んだことがないのに……。しかも女性のような高い声だった。 『浮気』という漢字二文字が頭に浮かび、一瞬にして血の気が引いてしまう。  でも待てよ、そもそも俺たちは付き合ってもいないのかもしれない。だって、キスされたのもあの日だけだ。  何度か食事にも行ったけど、アクションを起こしたのは俺で……それはあまり誘ってこない高梨さんに、痺れを切らしたからであって……。 「いえ……どうやら俺はとんでもない勘違いしていたようで……どうも、失礼しました」  高梨さんは悪くない。勘違いした俺が悪いのだと、静かに抑えていたドアから離れる。  あー、泣いてしまいそうだと唇を噛み締め俯く。立ち去ろうと足を動かしかけると、腕を掴まれた。

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