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第6話

永遠の幸と償いを 「似合う?」「幸福の対価」で書かせて頂きました。 付き合って8年になるカップルの結婚式。 同性婚ができる設定に都合よくしてます。 辻 朔太郎 攻め。高身長イケメン。女好きのノンケだったけど、馨さんに惚れてからは一途。 井沢 馨 受け。二丁目で女装バーを営む。高学歴の一重美人。 太陽の爽やかな光が、大きく開いた俺の背中に寄り添うように差す。東京は昨日梅雨入りしたが、その翌日である今日は、見事なまでの快晴だった。背後の縦長の窓には、青空と朝日の輝きがいまだに残る太陽が映っていることだろう。 二丁目の夜の仕事を始めてから、毎日のように女性服を身を包み、化粧をしていて慣れているはずなのに、どうしてこうも、とてもくすぐったい気分なのだろう。 俺は今一度、自分の格好を見下ろした。……俺が今着ているもの。何度見てもそれは、純白のウェディングドレスだった。花柄のレースが散りばめられたトップスに、スレンダーラインのシフォンのスカート。両手には暖色のバラやカスミソウ、マリーゴールドなどで彩りよく造られたウェディングブーケを持って、俺は都内にある結婚式場内の教会前に立っている。 そう。 俺は今日、付き合って8年になる恋人と結婚する。 恋人の辻 朔太郎――朔ちゃんは、3歳年下の29歳で、新卒で入社したガス会社の人事部で採用の仕事をしている。見た目も中身も営業マンタイプで、営業職として採用されたのに、どうしてか人事部に配属され、今に至るが、どうやら肌には合っているようなので安心だ。 一方の俺――井沢 馨は、キャリア官僚の父親に従い、大学を卒業後に財務省に就職したけれど、半年もしないうちに辞め、以降はずっと新宿二丁目――ゲイの街の女装バーで働いている。半年前に自分の店を持ち、少しずつ軌道に乗ってきていた。 互いに今の生活に慣れ、地に足がついてきた。もう何年も前に一生のパートナーでいることを誓っていたけれど、ようやく今日、俺たちは結婚する。 「――ねぇ、馨ちゃん」 「……はい?」 横合いから非常にそわそわした声で呼ばれ、俺はそちらを向いた。いつもは女物のウィッグの下に隠れているダークブラウンの短髪を七三分けにしたママは、やや青白い顔でこちらを見ていた。 「アタシ、変じゃない? 大丈夫よね?」 「全然大丈夫です。ばっちりですよ」 「本当に? 何だか不安になってきちゃって……」 「とても素敵ですから、心配しないで」 おべっかではない。本心からそう言ったけれども、ママは依然落ち着かない様子で、生まれて初めて袖を通したというモーニングに付着した小さな埃を、摘んではそっぽを向いて吹き飛ばしていた。普段は女装し、がっつりとメイクして店に立っている彼女が、俺の《パパ》としてヴァージンロードを一緒に歩くにあたり男性に戻ってくれて、新鮮に感じるのと同時に、無理をさせてしまっていることへの申し訳なさがある。けれど、そんなことを口に出してしまえば、きっと彼女のことだから怒るだろうし否定する。だから俺は、苦い笑みをこぼす他なかった。 学生時代から長らくアルバイトさせてもらっていたゲイバーのママは、1年前に俺が独立しようかどうか迷っていた時、背中を押して応援してくれた。店を立ち上げる際もたくさんのアドバイスをくれ、休みの日には飲みに来てくれる。そう言えば、ノンケだった朔ちゃんと付き合い始めた頃、俺を心配して難色を示していたけれど、今では父親の代理役を務めてくれるまで、俺たちの仲を理解し支えてきてくれたのだった。 「――そろそろ、新婦とお父様の入場になります」 と、式場スタッフに言われ、俺たちの背筋はしゃんと伸び、ごくりと唾を飲んだ。教会の入り口に向かったところで、大きな深呼吸を2回ほどしてみたが、特に何も変わらなかった。 「……緊張する、緊張するわ」 か細い声でひとりごちるママは、けれども優しく俺の腕を組んでくれた。スタッフの方が「では、今から入場を始めます」と言い、ドアがゆっくりと開かれる。 5畳もないくらいの狭い教会に、何人もの人たちが集まっていた。 白いヴァージンロードを、ママと一緒にゆっくりと静かに歩んでいく。緊張しているものの、横目で参列席を伺う余裕はあった。 新婦側の席にはウチの店の常連さんや同業者の友達が10人ほど、男物の礼装姿で行儀よく座って、俺たちに拍手を送ってくれていた。スマートフォンやデジカメを構えてる人や、早くもべそべそと泣いてくれている人もいた。 何年も前に、「二丁目の夜の仕事に就く」と報告して以来、実家とは一度も連絡を取っていない。父親と兄が働く霞ヶ関にも決して近寄ることはなかった。 そんな俺にとって、二丁目で知り合った人たちが、《ママ》や《お兄さん》、《姐さん》だったりする。くだらないことで笑い、些細なことで喧嘩し、いけないことをすれば叱ってくれ、泣きたい時には泣かせてくれる。そんな彼や彼女らが、今の俺の家族だった。 俺はみんなに笑顔を投げかけたのち、今度は新郎側の席に視線を流した。こちらは、朔ちゃんが二丁目とは別に、同性愛者のコミュニティで仲良くなったゲイやバイ、ビアンの子たちが参列し、満面の笑みで暖かい拍手を送ってくれていた。 最前列には、辻家の方々が並んで座っていた。朔ちゃんのお父さんは、ぎこちないながらも微笑んで拍手をしてくれている。お母さんはうるうるしていて、泣きだすのも時間の問題だろう。 そんなふたりのそばにある柱に、沿うように立っていたのが、朔ちゃんの5歳年上のお姉さんである奈々ちゃんだった。 20代の後半に婦人科系の病気にかかり、子宮を摘出したのち旦那さんと別れた奈々ちゃんは、現在はウェディングプランナーとして精力的に働いていた。今回の結婚式も、彼女と打ち合わせし、彼女が色々と手配してくれたから、こうして執り行うことができた。 パンツスーツを格好良く着こなす美女と目が合う。彼女の目にもお母さん同様光るものがあり、それを目にした瞬間、眼球に水が溜まったのを感じた。 娘は子どもができない身体、息子は本日、男と結婚する。 辻家は今後、跡継ぎがいなくなる。 それでもみんな、息子をまともな道から連れ出した俺を暖かく迎え入れてくれた。朔ちゃんに対する俺の想いを、朔ちゃんが俺に抱く気持ちを尊重し、そして祝福してくれている。 井沢家との縁が切れた俺、辻家の家系がひとつ途絶えてしまうことになる朔ちゃん。俺たちの幸福のために支払われた対価に、明確な金額など出せないが、俺の胸にはずっしりと重く響いていた。 ……申し訳ない。自分たちのことばかり考えてしまって。朔ちゃんとの結婚を認めてもらうために、玄関で土下座してしまって。たくさん、泣いてしまって。 それでも。視線を前にやれば、白いタキシード姿の朔ちゃんが祭壇の前で、一歩一歩近づいてくる俺をじっと見ていた。ガチガチに強ばった顔に優しい笑みを差して、俺を待ってくれていた。 「――たまには、オトコに戻るのもいいかも知れないわ」 つと隣で、ママがぼそっと言う。「タカラヅカの男役になった気分だし、タキシード着た男前を近くで見れるもの」 「ふふ。ママも素敵な奥さん、見つけてください」 そう言ってから礼を言って、俺だけが祭壇へと上がっていく。ママは新婦側の最前列に腰をおろし、ハンカチで汗ばんだ顔を押さえていた。 朔ちゃんと、ほんの少しだけ向き合う。ゆるやかなパーマをかけた黒髪が、スタイリストさんによって清楚な感じにセットされ、いつもよりややキリッとした印象を受ける。いつもの小洒落た感じもいいけど、今の姿もすごく似合っていて素直に格好いいと思った。 結婚式が始まった。祭壇に立つ牧師さんの言葉に導かれるように、教会内で祈りが捧げられる。そのひと時が終われば、ノンフレームの丸い眼鏡をかけた丸っこい牧師さんは、穏やかな笑みと言葉で、俺たちふたりに問いかけ始めた。 「新郎 辻 朔太郎、あなたはここにいる馨さんを、 病める時も、健やかなる時も、 富める時も、貧しき時も、 妻として愛し、敬い、 慈しむ事を誓いますか?」 ――はい、誓います。 「新婦 井沢 馨、あなたはここにいる朔太郎さんを 病める時も、健やかなる時も、 富める時も、貧しき時も、 夫として愛し、敬い、 慈しむ事を誓いますか?」 ――はい、誓います。 それでは、誓いのキスを。と牧師に促され、俺たちは向かい合う。ベールに手をかけた朔ちゃんの顔は、いまだに少し強ばっていた。きっと俺もそうなのだろう。心臓がうるさいくらいに高鳴っているけれど、決して嫌な感じではなかった。 ベールアップされ、朔ちゃんと見つめ合う。そこで、彼にしか聞こえないくらいの小声で、俺は口を動かした。 「……このドレス、似合ってるかな?」 朔ちゃんは目を大きく見開いた。が、すぐにふにゃりと洋菓子のように甘ったるく微笑むと、ゆっくりとこちらに顔を近づけてきた。 「うん、世界で一番綺麗だ」 やんわりと重なった唇が、おのずと柔らかな弧を描く。あぁ、こんなに満たされてしまっていいのだろうか。そう思いながら閉ざしたまぶたの縁から、涙が滲んで流れた。こうなったら最期の瞬間まで、彼と手を取り、幸せでいよう。それが、俺たちにできる大切な人たちへの返礼であり、贖罪だ。

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