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第7話

ツイッターのワンドロ企画 「ブランケット」で書かせて頂きました。 相変わらずなスコット夫妻です。笑 エアコンが故障したのが、寒さのピークが過ぎたこの春先で良かった。真冬だったら死活問題になっていた。 昼前、とある傷害致死事件の容疑がかけられた男の行確を一旦終え、ペアで動いていた同僚とファストフード店のサンドウィッチを食べていたところ、プライベートのスマートフォンにショーンから『エアコンがうんともすんとも言わないから、明日業者に来てもらうことにしたよ』とテキストチャットにメッセージが送られてきた。夜勤を終え、煙草が吸える店でまったり朝食をとってから帰宅したら、そんなことになっていたのだろう。 『え? 昨晩は問題なかったのに』と返せば、『エアコンも連日働きづめだからねー、疲れたんじゃない?』とのほほんとした返信があり、思わず苦笑した。とにかく明日、業者に容態を診てもらうしかなかった。 というわけで今夜は、リビングのふたりがけのソファーにショーンと寄り添って座り、昨年、彼が勤める病院のクリスマスパーティ内で開催されたゲームの景品としてもらったブランケットに包まり、ポップコーンをつまみにホットワインを飲みながら、アメリカのドラマを見ていた。 ウール地で、水色を基調としたジャガード柄のそれは、男ふたりを悠々と抱擁できるくらいには大きい上に肌触りが良く、暖かい。春はすぐそこまでやって来ているとはいえ、夜はかなり冷えるので、冬物の寝間着を着た上にニットのカーディガンを羽織っていても寒かった。 ショーンが思い出して、クローゼットから取り出してきてくれて、本当に良かった。加えて、彼の作ってくれたホットワインは、飲んだ瞬間に身体の内側からぽかぽかし、思わずほっと恍惚とした吐息を洩らしたほどに美味しかった。ソファーの前に置かれたガラス製ローテーブルの上には、底のある大きな器にこんもりと盛られたポップコーンが乗っている。ワインとそれは、昼間に自宅近くの食料品店で買ったそうだ。 「――あらぁ、大変なことになっちゃってるね」 横合いでショーンがポップコーンをサクサクと咀嚼しながら、ぼんやりとした口調でひとりごちた。「この主人公、大統領と別れたりより戻したり、イケメン海軍大佐に惚れられたり、殺し屋から命狙われたり、色々大変だねぇ」 「波瀾万丈だな」 ポールはそう言って、湯気が立つホットワインをひと口飲む。もし自分が彼女の立場なら、1日で10歳は老け込むに違いなかった。 そのドラマは数年前からアメリカで放送され、爆発的な人気となっていた。政治家や権力者のスキャンダルを揉み消す敏腕フィクサーの女主人公と、彼女と一緒に働く個性豊かな仲間、そして不倫相手である大統領とその妻、キレ者の事務次官らによるサスペンス・ラブに、視聴者は夢中になり、ここイギリスでも放送されているのだ。 作中で主人公が、夜に自宅で赤ワインとポップコーンをしっとりと飲んで食べるシーンが頻繁にあり、どうやらショーンはその真似をしたかったようだ。今夜は今のところその場面はなく、主人公は現在勇ましい足取りでホワイトハウスに向かっていた。その様は典型的なキャリアウーマンで、なるほど、世の女性が憧れるわけだ。 「大統領に会いに行くのかな?」ポールは言う。 「まずは事務次官に啖呵をきるんじゃない?」ショーンが答えた。 結果、ポールの読みが当たった。主人公は大統領の執務室に足を踏み入れ、重厚な執務机に腰かけながらウイスキーを呷っていた大統領と対面した。 しばらくふたりの痴話喧嘩を見せられたのち、彼女らは見つめ合い、そしてかぶりつくようなキスをし始めた。大統領に抱えられ、執務机に座らされた主人公は、スカートを弄られ、あれよあれよという間に下着を脱がされる……。 主人公と大統領の濡れ場が、自宅での赤ワインとポップコーンのシーンに匹敵するくらい――いや、それ以上に多いのが、このドラマの特徴だった。いささか過激だが、ゲイであるポールとショーンの心拍数や下半身にこれといった異変は起きない。お熱いことだと感心しつつも、冷静に視聴していた。 ……が、今夜のポールは珍しく酔いが回っていた。ホットワインを3杯しか飲んでいないにも関わらずだ。となりをちらりと見れば、ショーンは依然楽しげにテレビを見ながら、2杯目をゆっくりと飲んでいる。顔の血色が良く、ほろ酔いになっているのだと分かった。 うわばみであるため、あまり酔うことはないが、酔えば非常に気分が良くなる質だった。ポールはブランケットの包容力に甘えながら、ショーンの幅の広い肩に頭を預けてドラマを見ていたが、重心をさらに彼に傾けてみた。 それに気づいたショーンがちらりとこちらを向いた瞬間、大胆にも彼の唇を奪った。うっすらと目を開けたままだったので、驚いた表情の彼が視界いっぱいに映り、思わず口角が上がった。 「……ん? どうしたの?」 「んー」 唇を離し、マグカップをテーブルに置いて、ショーンの肩にぐりぐりと頭を擦りつけ、素面の時には絶対に言わないようなことをするりと口にする。 「……ドラマ、見ながらでもいいから、もっと暖まることがしたい」 翌朝、ベッドのなかで赤面しながら頭を抱えている自分を一瞬想像したものの、脳内から追い出した。ショーンは数秒、目をぱちくりさせていたものの、やがて艶やかに微笑み、同じくマグカップをテーブルに置き、ポールの唇に吸いついてきた。 そのままソファーに押し倒される。ブランケットは変わらず、ふたりを包んだままだ。ショーンは器用にも、ローテーブルの上のリモコンを手探りで掴み、既に事を終え着衣の乱れを直す主人公と大統領のシーンを映すテレビを切った。 「……いいのか?」 「……録画だし、いつでも見れるから」 舌を巧みに使う口づけの合間に、そんなやり取りをする。 「それよりも今は君だけに集中したい」 ドラマでよく聞く気障な台詞も、ショーンが言えばポールにとって極上の愛の言葉だった。気分がさらに高まり、ショーンの性感帯である下唇をねっとりと舐めながら、彼のスウェットの下に手を這わせた。……喉が渇いたら、とっくに冷めてしまっているワインを飲むとしよう。

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