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第11話

「引っ越し」というお題で書きました! 25歳、幼馴染カップルの話です。 基本、お人好し苦労性の優男×心が男前な平凡受け。たまにリバる(優男が抱かれたがるため) 都心から遠く離れた街、最寄り駅へは徒歩20分。近くにはコンビニとマニアックなスーパーがあり、昼間でも物静かなエリアにある築25年を超える安普請。 家賃はなんと4万円。もちろんワンルームだが、トイレと風呂はセパレートになっているし、防音設備もそれなりに整っている。 引っ越し業者の兄さんたちが、大小の家具や段ボールを置いてさっさと出て行った後、俺と知宏は今はまだ殺風景な狭い部屋を眺め、目を合わせて笑った。 ここが、俺たちふたりの新しい住居だ。 時刻は正午を過ぎていた。まずは腹ごしらえをしてから荷解きを始めることにした。コンビニで買った安い弁当を食し、缶コーヒーを飲んでぼうっとしていると、知宏がふいに悄然とし始めた。なんだなんだと眉を蠢かせていると、知宏は目を伏せ、ぼそりと口を開く。 「……ごめんな」 「へ?」 「あの部屋、気に入ってたんだろ?」 あの部屋というのは、これまで俺たちが暮らしていた練馬区のマンションのことだ。大学を卒業し、就職してからずっと、ルームシェアという名目で部屋を借りて同棲していた。 駅近で、マンションを出ればすぐに大きな商店街があって利便性が高かった上に、部屋は日当たりが良くて広かった。入居した頃はほぼ新築だったので、IHや給湯設備が新しく使いやすかった。 住み心地がすこぶる良かったし、確かに気に入っていた。 けれどもまぁ、引っ越しを決めた時に、あっさりと愛着は捨てた。名残惜しさもさほど感じていない。 「気にすんなよ。ここだってじきに気に入る。住めば都ってやつだ」 じゃあ、荷物を出していくかと、俺は近くにあるダンボールから開け始めた。知宏は依然、しょぼくれたようなバツが悪いような顔をしながらも、俺に倣って荷解きを開始した。 水越 知宏。25歳、某私鉄の関連会社に勤務。 俺、大橋 祥平の幼馴染であり、彼氏だ。 知宏はとにかくお人好しだ。困っている人間がいれば放っておけない質で、それで昔から貧乏くじを引かされていた。 学生時代の放課後の掃除、誰もやりたがらない学級委員への立候補、不登校生徒宅と学校間の伝書鳩。表向きは助けてほしいだなんて言って、本当は面倒事を押し付けたいだけの奴らの頼みを、知宏は快く引き受けては、自分ひとりで苦労してきた。見兼ねた俺が手伝いながら、お前は騙されてる、お前がやる必要はない、嫌なら嫌と断ればいいと言い聞かせても、同じことを繰り返してきた。 知宏はそういう人間なのだ。誰もその生き方を曲げられやしない。本人もそれで納得し満足している分、どうしようもない。 けれども今回の件については、流石に参っているようで、事が起きてそれなりに時間が経ったが、未だに落ち込んでいた。 「それにしても、借金の連帯保証人になった途端、その肩代わりをさせられるなんて、ドラマだけだと思ってたわ」 知宏はいっそう、決まりの悪そうな表情を浮かべた。返す言葉もないのだろう。 半年ほど前、仕事を通して知り合った男に頼まれ、知宏はそいつの借金の連帯保証人として名前を貸した。 それから数週間後、男は忽然と姿を消し、500万円にもなる借金を知宏が肩代わりすることとなった。 社会人3年目。平社員のため安月給な上、俺も知宏も大学の奨学金の返済やら何やらがあり、心許ないほどの額しか貯蓄がなかった。 そんな中での、これだ。25歳にして、ふたり合わせて1000万円を超える借金を抱えることになった俺たちは、月々の返済金の捻出のため、まずは生活水準を下げることに決めた。これまで住んでいた家賃10万円のマンションを退去し、ここに引っ越してきたわけだ。 その際、服や時計、鞄などで金になるものは売った。……たいした金額にはならなかったけれども。今後はとにかく、水道光熱費などの固定費から、食費や交際費を削り、金を浮かせていくしかない。 大変だとは思う。 けれども俺は、まったく悲観していなかった。 知宏が借金を押し付けられたと知った時は、人生で一番憤ったが、今後について知宏と話し合い、ひとつひとつの決断を下して行動に移していくのは、変な話、存外に楽しかった。 思えば、知宏と何か新しいことをする時というのは、得てして心が躍っていた。 それが良いことであれば尚更で、悪いことであれば反骨心が疼いてしょうがなかった。 「ま、これくらいの逆境がある方が、張り合いのある生活ができて、いいと思うけどな」 そう言いながら、布団カバーや衣類を取り出していく。おのずと笑みが溢れていた。前向きで負けず嫌いなのが、自分の良さだと思っている。お人好しであるあまり自己犠牲を厭わず、いらぬ苦労ばかり背負わされる知宏と何年も一緒にいて、辛いだとか苦しいだとか思ったことがないのだから。 もっとも、知宏に対して雷を落とすことはしょっちゅうあるけれども。 「でもやっぱり、借金は俺ひとりで返していく」 知宏は真面目くさった表情と声で言う。「こんなことになったのは俺の責任だし、祥ちゃんには迷惑かけられない」 「おい、何度同じこと言わせんだよ」 俺は苦笑を吹き出した。「ひとりで返すより、ふたりで返した方が早く済むんだし、それでいいじゃねーか」 「でも、俺が肩代わりした借金だ……」 「いいか」 俺は荷解きする手を止め、人差し指を知宏の目の前に突き出した。知宏は驚いた表情で仰け反る。それが面白くて笑いそうになるも、ぐっと堪えて言葉を続ける。 「俺とお前は一連托生。一生もんのパートナーで、今はまだ戸籍は別々だけど、家族だって誓い合ったわけ。だから、困ってるお前を放っておけるわけねーだろ」 「それでも、俺の厄介ごとに付き合わせたくない……」 「だー! うるせぇ!」 しみったれた声で食い下がってくる知宏に苛立ち、人差し指で頬を突いてやる。「いたっ!」と知宏は情けない悲鳴をあげるが、構わず突き続ければ、両手を上げて降参してきた。 「分かった……分かったから……」 「それならよし」と、俺はふふんと笑って攻撃をやめ、表情を歪めながら頬をさする知宏の膝に、おもむろに乗りあげた。 涙目の知宏と視線をかわす。人となりは顔に出るとはよく言う。優しげで甘ったるい顔立ちには、いささか翳りがさしている。それを晴らしてやりたくて、俺はニカッと笑みを浮かべた。 「借金はどうだってなるんだし、これまで通り、楽しくやっていこうぜ」 「……祥ちゃん」 「俺は、お前に笑っててほしい。それが俺の幸せだからな」 俺もたいがい、人が良いのかも。 なんて、思ってみたり。 知宏の顔は明るくなるというより、赤くなった。まなじりの垂れた幅の広い目をぱちくりとさせ、瞳を忙しなくコロコロと揺らして、あわあわと口を動かす。 「祥ちゃん、何でそんなに格好いいんだ……」 俺はまた、ふふんと得意げに笑った。 「そりゃあ、お前の彼氏だから」 「……好き」 そう言って俺の背に腕を回し、抱き寄せてきたかと思えば、瑞々しい音をさせて唇を吸ってきた。頬が柔らかく緩み、胸のうちがじんわりと暖かくなった。 口づけが解かれたと同時に目を合わせ、笑い合う。控えめだが、穏やかな微笑みを知宏は浮かべていた。……それでいい。そうやって笑ってくれるのなら、これからの日々もきっと、誰もが羨むものになるに違いなかった。

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