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第一章 9
朝食は基本食べないので昼と夕の二食を毎回冷凍食品で済ませるという形で、霧桐が一週間ほど過ごした頃。霧桐の様子を見に訪れた愛沢が、たまたま冷凍庫を覗きこんだ際に、霧桐が毎食冷食で済ませている事がバレてしまい。それ以来、体に悪いから、という理由で愛沢が頻繁に訪れては料理を振る舞ってくれるのだ。
愛沢が、玄関で脱いだ革靴を綺麗に揃える。そうして、部屋に上がる際に項垂れたままの霧桐の頭をポン、と叩いた。
「気にしなくていいよ。誰にだって向き不向きがあるし。それに、大事な番犬……いや、虎だから番猫かな? まあ、いいや。兎に角、唯ちゃんの体調を管理するのは拾った俺のつとめだから」
そう言って、愛沢がすたすたとキッチンへと向かっていく。その背筋のピンと伸びた綺麗な後ろ姿を見て、まるで通い妻のようだ、などと妄想を浮かべながら霧桐は愛沢の後を追った。
「リクエスト、ある? ないなら勝手に作るけど」
コートをその辺の床の上に放り、シャツの長袖を肘辺りまで捲り上げながら愛沢が霧桐に訊ねる。きゅっ、と蛇口を捻る音の後、ほんの一瞬だけ愛沢の切れ長の瞳が霧桐の瞳とあった。
「っ、愛沢さんの作った物なら何でもいいです」
昨日――いや、今朝方の告白の返事もあって、視線が合っただけでも、堪らなく嬉しくなる。霧桐は頬や目尻を弛ませながらそう答えたのだが、愛沢には霧桐の答えがお気に召さなかったらしい。
「そう言うのが、一番困るんだけど。まぁ、いいや。適当にするから」
その言葉とは裏腹に、愛沢の作業は丁寧だ。水で手を洗い、食材を冷蔵庫に一度収納してから必要な物だけを取り出す。
卵に玉葱、ひき肉、人参を取り出した所で、霧桐には愛沢が何を作ろうとしているのか予想がついた。
「俺、愛沢さんが作るオムレツ好きです」
「そう。なら、大人しく待ってて」
そわそわと愛沢の手元を覗き込む霧桐を、愛沢が素っ気なく追い払う。愛沢の手元では玉葱が今まさに微塵切りにされている所だった。
トントン、トンッ、と小気味いい音が室内に響く。
霧桐は暫く立ったまま室内をうろうろとしていた。が、愛沢の言いつけ通り大人しく待つことにしたらしい。床に腰を下ろし、膝を両腕で抱え込んだ格好で、大きな体をそわそわと揺らしながら愛沢を見る。
――やっぱ、綺麗な人だよなぁ……。
愛沢本人はただ淡々と具材を切っているだけなのだが、俯きがちなその横顔からは何ともいえないような色気が滲んでいる。シャツの襟から覗く項や時折上下に動く喉仏を見ていると、霧桐は今すぐにでも飛び付きたい衝動に駆られた。
しかし、そんなことをする度胸がある筈もなく。胸の中で渦巻く悶々とした気持ちをどうにか堪えていると、ジュウゥ、とフライパンで何かを炒める音と共に食欲をそそる香りが霧桐の鼻を擽った。
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