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第一章 13

「何で清住くんになるの。違うよ。昨日連絡先訊いた女の子。確か、由奈ちゃん……だったかな」  スマホを操作する手を一旦止め、愛沢は事も無げに言った。女性の名前がうろ覚えな点に愛沢らしさを感じるが、霧桐にとってはそれどころではなかった。  彼は一体今何と言った?  霧桐の聞き間違いでなければ、清住ではなく昨日出会ったばかりの女性に連絡している、と聞こえたのだが。  しかし、霧桐という恋人が目の前にいるというのに、そんなことありえるだろうか。いや、断じてないと信じたい、ところではある。が、しかし、霧桐が相手にしているのは常に男性女性ともに噂の絶えない愛沢だ。キッパリありえないと言い切る事の方が難しい。  ということは、彼が言ったことは聞き間違いでもなんでもなければ、ただの真実で。今まさに霧桐の目の前で浮気をされそうになっていた、ということでもある。 「え? いや、でも……俺、恋人なんですよね? だったら、なんで……」 「確かに俺、唯ちゃんの告白にOKしたけど。俺、唯ちゃんだけと付き合うとは、一言も言ってないから」  愛沢は淡々とそう言って、コートを羽織った。そうしてそのまま玄関へと歩いていってしまう。  霧桐は慌てて手についたままだった泡を洗い流すと、後を追った。  急いで向かった玄関では丁度、愛沢が革靴を履くために身を屈めているところだった。霧桐は、愛沢の肩を掴み「待ってください」と声を掛けた。 「普通、恋人って一人だけ、ですよね? 俺だけじゃ、駄目なんですか?」  霧桐の問い掛けに、愛沢は振り向かない。そうして無言のまま。革靴を履き終えた愛沢がゆっくりと立ち上がり、トントンッ、と革靴の爪先で玄関のコンクリートを数度叩いてから口を開いた。 「そうだね。“普通”ならね。でも残念だけど、俺“普通”じゃないんだよね」  振り返らないまま、愛沢はそう言う。その言葉に唖然とする霧桐の手を振り払い、彼は扉を開けた。途端に外の冷たい風が室内に入り込み、霧桐はぶるりと身体を震わせる。開いたままになっていたシャツの前をかき合せている間に、愛沢の身体は室外へと出てしまっていた。 「この際だからはっきり言っておくけど、唯ちゃんは俺のモノだけど、俺は唯ちゃんだけのモノじゃないから。俺を束縛できると思わないでね?」  扉を閉める間際、愛沢が霧桐に向かって言った。その言葉は、霧桐をその場に縫い留め動けなくさせるほどの威力を持っていたようで。あんぐりと口を開けたままの霧桐の目の前で、鉄製の扉がゆっくりと閉まっていった。

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