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第3話

 車軸を流すような音に割り入るように、脱衣所のドアが開く音が聞こえてきた。思った以上に早いショーンの帰宅に、ポールはいささか驚きながらも、身体が動くことはなかった。変わらずぼうっと、シャワーを頭から被り続ける。……今はあまり、彼と顔を合わせたくなかった。浴室を出てしまえば嫌でも会話することになるので、ほんの少しの時間ではあるが、ひとりでいたかった。  ショーンは手を洗いにきたのだろう。脱衣所は洗面所を兼ねている。いや、洗面所が脱衣所を兼ねているのか。まぁ、どちらでもいい。すぐに出て行くだろうと思い、ポールは気づいていないふりを続けた。が、次の瞬間には浴室のドアがおもむろに開かれ、その音に弾かれるように反応してしまった。  当然、メガネは外してシャワーを浴びているため、ポールの近眼は彼の姿をぼんやりとしか捉えられない。けれどもチャコールグレーのスーツを着た彼が、ゆったりとした動作でドアにもたれかかって、こちらを見ていることだけは分かった。  ハイブランドの上質な三つ揃えに、肌触りが良いシルク地のえんじ色のネクタイ。昨夜、ショーンから相談を受けてコーディネートし、スラックスのセンタークリースに丁寧にアイロンをかけたのは、他でもないポールだった。普段は私服しか着ないショーンの見慣れないスーツ姿に、今夜もまた新鮮さを覚え、悔しくも胸が高鳴った。 「……びっくりした」  ポールはシャワーを止め、濡れた前髪を搔きあげながら口を開いた。「急に何? どうしたんだよ」 「んー、ただいま」  この上なく甘ったるい声に身体がむずむずした。はっきりとは見えないが、ショーンの顔はまだらなピンク色になっている。程よく酔っ払っているようだった。……気分が良さそうで何より。醒めた目で彼を見ながら、ポールは淡々と言う。 「おかえり。そんなところにいたら、スーツが湿るよ。用がないなら閉めてくれない?」 「何だか、そっけないね」 「そうか? 普段通りだと思うけど」  普段通り、というのは嘘だ。ショーンを前にして声が冷ややかになっている自覚はあった。対するショーンは依然、溶けたキャラメルのような声で、ロウソクを消すようにふっと笑った。 「君の身体を眺めていたいんだけど、ダメ?」  ポールは眉をひそめた。今夜のショーンは、なんとまあ面倒くさい酔っ払い方をしていると確信した。うわばみの自分にはよく分からないが、世間の大人たちが主に下半身の面で過ちを犯しがちになるその状態だ。  自棄酒で泣き上戸になるのは一向に構わない。彼のぼろぼろの心を真っ正面から受け止め、親身になって慰めるのは、夫である自分の役目なのだから。  けれども今の彼はそうじゃない。ならば、適当にあしらうまでだ。

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