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やさしい存在
外の空気を吸うために二人はホームセンターを一度出て、同じショッピングモール内の空いたベンチに腰掛けた。
「――あいつ、笑ってた……」
「あいつって? DV男?」
「そう……。全然……、変わってた……」
変わらないのは――変われないのは取り残された自分だけだと茅葺は頭を抱え項垂れた。
佐原は背凭れに身体を預けながら宙を仰いで大きく息をひとつつくと茅葺の手を力一杯引いて立ち上がった。
「行くぞ!」
「え? 買い物は?」
「次で良い!」
引っ張れるままに茅葺はおとなしく佐原の進む道に従った。何より、凛々しい姿で前を歩く佐原に文句を言う気にはならなかった。
行き先も告げられず、連れられるままに電車に乗り、着いた先は遊園地だった。
ぽかんとしている茅葺を放って二人分のチケットを買い佐原はその手をまた引いた。
未だ状況が飲み込めない茅葺だったが、逆らうような時間も悩む時間も前を歩く佐原からは貰えなかった。
「アレに乗るぞ!」
そう言ってその遊園地で一番の目玉でもある絶叫すること間違いナシな長距離ジェットコースターを指差された。
「えっ! いや、俺は」
「グズグスすんな!」
「えっ、だから」
さっさと入場列に加えられ茅葺は逃げ道を失った。
「ギャアアアアーーーーーーーッ!!!」
涙を滲ませながら茅葺は太い声で叫び散らした。
隣に座った佐原が何か苦情を申し立てている気配もするが、今の茅葺にはそれを聞き入れる余裕など一切なかった。
乗った後若干茅葺は老け込んだ気がしたが「はい、次」と御構い無しに佐原はその腕を掴んでまた乱暴に前を歩いた。
切れ切れに「ま、待って」と弱々しく訴えるも完全に無視される。
子供騙しのような暗闇で驚かせるだけのお化け屋敷でもお化けたちが有難く思う程に茅葺は良いリアクションをしてみせた。
あまりのその大きな奇声、いや、悲鳴に佐原はすっり冷静になれた。
気の弱い女の子がするみたいにデカイ男にしがみつかれながらズルズルと佐原は出口を目指す。
ベンチに座り込んでぐったりした茅葺は叫び過ぎで喉が痛いと嘆くから佐原は近くの売店でジュースを買って来てやる。
「ありがとう……」
「ヘタレ」
佐原がからりと笑って見せるので、茅葺は緊張で肩に入っていた力が抜けて、少しだけ笑うことが出来た。
「――ほんとだね」
休日の遊園地は、家族連れやカップルや友達グループたちが行き交って、みんなが楽しげに、幸せそうに笑っていた。
ぼんやりとそれらを見ながら一人、感傷に浸る茅葺の思考を遮るように佐原は立ち上がり「次行くぞ!」と茅葺の平穏を呆気なく奪った。
すっかりヘトヘトになった茅葺は帰りの電車で佐原に凭れかかって爆睡し、当たり前のように佐原の家に帰り、当たり前のように佐原のベッドに倒れ込んだ。
何を思い悩む暇もなく、襲ってくる疲労困憊に負けて泥のように茅葺は眠った――。
風呂から上がった佐原はすっかり疲れ果てて深い眠りにつく茅葺を見ながら母親にでもなったように優しく笑いかけ、その髪を撫でた。
「おやすみ、いっぱい寝ろよ――」
――もう、何も考えなくて済むように……。
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