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ふたりのいずみ
結局、公言通り終電までには帰ることとなり、遠くから来ていた友人に合わせて早目にファミレスを出た。まだ少し時間があったので、佐藤は本屋に寄りたいと申し出た。
特に目的のない他の二人はバラバラと書店内を歩く。
泉巳は見覚えのあるハードカバー小説の表紙を見つめて、よく本を読む恋人の事を思い出した。
世間から思われる印象と違い、仲々に茅葺は本の虫だった。そのせいか、自分の周りの人間より飛び抜けて博学だと常々泉巳は思っていた。
ぼんやりしている泉巳の背後を店員が一声挨拶して通り過ぎ、近くの棚に出されたままの本を片付けた。何気なしに見た店員の顔を見て泉巳は息を呑む。
名札には散々聞き知った響きを持つその名前――
【泉】と書かれていた――。
この店員は他の誰でもない、あの“イズミ”だ――。
ホームセンターで少しだけ見かけたあの男の顔だった。
呪いのように、傷のように、茅葺の心から剥がれる事がないあの男――。
どことなく鋭いその視線に気付いたのか、柔和な表情をしたイズミがこちらを伺う。
「――何か、お探しですか……?」
ああ、その声も知っている――。と泉巳の胸が騒く。
「泉巳ー! お待たせ〜」
佐藤が買い物を終えたらしく、先に捕まえた友人と共に早歩きでこちらへやって来る。
イズミは自分の名札に綺麗な長い指先を添えて、優しい声で「同じですね」と泉巳に微笑みかけた。
腹の立つくらい整った、綺麗な顔をして笑う男に作り笑顔を返す余裕も今の泉巳にはなく、ただ小さく「ハイ――」と、どこか突き放した返事を寄越し、さっさと背を向ける。
「ありがとうございました」
会釈しながら丁寧に挨拶するイズミを一度も振り返ることなく、泉巳はその場から早々に離れた。
「何? あの人、泉巳の知り合い?」
「――全然」
「あ、そ」
それ以上は詮索するなと言わんばかりに尖った泉巳が寄越す不自然な返事に、友人二人は互いに目配せした後苦い顔をした。
自分のせいで場の空気をまずくしたのは泉巳自身も承知していたが、今は何も声にしたくは無かった。その頭の中で綺麗な笑顔と穏和な声が呪いのように何度も繰り返しては蘇る。
「ただいまー」
「おかえりーっ!」
茅葺は留守を預かった愛犬のように玄関に飛び出して来て、いつもの笑顔を見せた。
「楽しかった?」
嫌味のカケラもない素直な質問を寄越す茅葺を泉巳は何も言わずにじっと見上げ、吸い寄せられるように広い胸に抱き付いた。突然のことに茅葺は思わず動揺している。
「泉巳?」
「――早く龍に、会いたかった……」
吐息交じりに甘く、切なく、そう告げられ、茅葺は大きな瞳を細くして堪らなく幸せそうに微笑む。
「うん。俺も――」
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