「……去ね」 「はっ。畏まりました」 低い声の命令で、ゲイブは部屋を出て、 襖戸を閉めた。 「……」 正座をしてお辞儀したまま、顔が上げられない。 今頃になってドキドキが……ドキドキがもう。 ホント心臓口から出ちゃう。 「試験はうまくいったようだな」 へ？　あれ？　エディって……こんな声だっけ？ もっと、なんか、子供っぽい声だと思ってたけど。 「あ、はい」 「２人しかおらぬ。畏まらずとも良い。もう少し 　近う寄れ」 「……あ……うん」 エディが自分の座っているソファの隣を叩くので、 言われるまま、すぐ隣に座った。 「今日はひとつお前に頼みがあってきた」 「たのみ？」 「俺には年の離れた弟がいるんだが、病弱であまり 　自分の離宮からは出られないのだ」 「あ、あぁ　――　それで？」 「その弟　――　ヨシュアというんだが、花が大好き 　でな。側仕えの者が毎日ヨシュアの為花を活けて 　いたのだが、婚姻が決まり昨日付けで退官して 　しまったのだ」 「……分かったよ」 「え？　俺はまだ　――」 「その側仕えさんのように上手く活けられるか 　分かんねぇけど、このリーフが毎日ヨシュアさんの 　為、花を活けてやる。これでも部活は園芸部だったん 　だぞ」 「そうか！　やってくれるか」 そう言って　”喜びのあまり”　という感じで エディが俺に抱きついた。 でもそれはほんの一瞬で、エディは顔を真っ赤に しながら慌てて体を離した。 「す、すまぬ。ほんとに嬉しかったもので、つい」 「いや、気にしてない……」 　　（注！　ここよりエディ視点です） そして、リーフは俺を上目遣いで見てはにかみ 微笑んだ。 ズキューン！ その笑顔に　――　心臓を直撃される俺…… 「……エディ？」 ったく、いつもは何度注意しても「閣下」って 呼ぶ癖にぃ……こんな時だけ反則だ……。 リーフの大っきな瞳が俺をじっと見つめる。 俺はその目から、視線が外せない…… リーフは俺を不思議そうに見ている。 駄目だ……見つめ返しては駄目だ。 でも…… 恥ずかしくても、怖くても、 必死にアプローチしてくる。 そんなこいつがものすごく愛おしい。 キス、したい…… 今すぐ思い切り抱き締め、 この男は自分のモノだって証を彼の体のナカ 奥深くへ注ぎ込みたい！ そんな熱い思いが無意識に行動に出て、 俺はリーフを我が腕の中へすっぽり抱き収め ピンク色の柔らかい唇へ自分のソレを重ね 合わせていた。 ただ、唇と唇をあわせるだけの稚拙な口付けは、 けっこう長く続き、リーフが苦し気に唇を離した ので終わった。 その後は、お互いしばらく口も聞けないで、 顔も見られなかった。 そして、たーっぷり数分が経過した頃、 「……怒ったか？」 「……あとで聞くくらいなら初めからやるな」 「――　だ、大体、お前もいけないのだ」 「はぁっ？？」と言って、リーフが俺を見た瞬間、 また顔を真っ赤にして、俯いた。 「……お、俺の何処がいけないって言うんだよ」 「そ、それは……もうよいっ」 「はぁっ？？」 「興ざめだ」 俺は心にもない言葉をリーフへ向け、 冷たく言い放ってしまった。 　　 リーフはとても傷ついた表情をしていた。 しかし、領主たる者、１度言った言葉を そう簡単に覆したりは出来ぬ。 仕方なく扉の外にいる側仕えの者に 『戻る』と告げ、部屋を後にした。 ＊＊＊　　＊＊＊　　＊＊＊ 俺はしばらく、何が何だかワケも分からず、 ただ、茫然としていた。 やがて、ガクガク　――　膝が、震えきた。 ソファーから滑るように落ち、 その場にガックリへたり込んだ。 男に抱かれるなんて初めてでもないのに。 本当に　――　怖かった…… 今まではとっても優しかったエディから あんな冷たい言葉が発せられるなんて…… なんだよ！　 エディの奴、あんな風に言う事はないのにっ。 自慢じゃないが、自分から身を任せたキスは アレが初めてだったんだぞ。 それなりにファーストキスには夢があったのに。 よくも乙メンの夢、ぶち壊してくれたなぁ――。 何だよ　何だよ　何だよ　――！！ めっちゃ腹立つぅぅぅ！！ 「ふぇ……」 なん、だよ……。なんで、俺が泣くことある？ 「ふ　――　うぇ……」 けども、一旦出始まった涙は自分の意思じゃ 止められなくて。 「……おかあさん、どうしたらいいの。 　おしえてよ……」 帰りたい。 自分の場所へ　―― 「ふっ……えっ……うぇぇっ――ん」 ひとしきり泣いて。 その後お父さんや正守兄さん、千早姉、 良守の事が心配になった。 　　 今頃皆んな、どうしてるんだろ。 ちゃんとご飯は食べてるのかな。 仕事は？　学校は？ 本当に　――　もう、会えないのか？ 会いたいよぉ……。