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第11話 素直になれなくて

その頃、リーフは無駄にだだっ広い城内を あっちへ行ったり ―― こっちへ来たり ―― 右往左往しつつエディの執務室を探し回っていた。 あれから思いっきり1人で泣いて、すっきりした後。 少しだけ冷静になって考え、エディは   御領主サマなんだから”セックス”は 子孫を増やす為の義務なワケで。 俺だって一応”お妃候補”になった以上、 正室に選ばれようと・選ばれまいと、 つまり結果がどうであれエディとエッチしなきゃ いけないワケで。 恋愛感情なんか二の次で、彼に全部任せるべき だった ―― と、反省した。 それで ”鉄は熱いうちに打て”の例え通り、 反省の気持ちが薄れてしまわないうち、 エディへひと言でもいいから詫ておこうと、 執務室を探しているのだが…… 「ん、もう……っ。これだから豪邸って大嫌い……」 ひとつ大事なことを忘れていた。 自分が半端ない方向音痴だという事を。 城内の廊下は万が一の有事の折、 外敵が主人の部屋へ容易に到達出来ないよう、 わざわざ複雑に入り組んで作られて(設計されて) いるのだ。 リーフは何回か同じ場所を通り、  もう泣いちゃいたいくらい情けない気持ちになり ながらも無駄に長い廊下を怪しまれないように 進んで角を曲がり、その先にあったどっしりとした扉の ドアノブに手をかけると、思い切りよく、扉を開いた。 ガツッ! 「うわっ!」 「ったぁ~」 「あ! うおぁ。ごめ ―― ごめんなさい!   大丈夫ですか?」 目の前で、大きな人が、 おでこを押さえてうずくまった。 リーフが思い切り開けた扉に、 おでこをぶつけてしまったみたい。 うわぁ。どうしよう……。 こんな事ゲイブにバレたら、またお小言だ。 この人も、例の品評会とかに来た人なんだろうか? 軽く肩に手を置くと、その人が顔を上げた。 ものすごくカッコイイ、おじさんだ。 それに……そんなハズはあるワケないのに。 リーフはこの中年男性に何処かで会った事がある、 ように感じた。 情報通のドジャーが言っていた ――  今日は伯爵家の御子息様を集めて新しい候補様の 品評会が催されるんですよ、って。 「あ、あの……あなたも今日の品評会へ来られた方、 ですか?」 「あ。いいや」 「はぁ~っ、良かったぁ……もしそうだったら、 そのおでこどうしようかって、心配してしまって」 その人のおでこは、真っ赤に腫れてる。 「え……」 「え? あ ―― そうじゃなくても、おでこ…… ごめんなさい。痛い、ですよね。大丈夫ですか?」 「あぁ、大丈夫だよ。石頭だし」 リーフがおでこに伸ばした手を取って、 その男はニヤリと笑いながら立ち上がった。 「本当にごめんなさい」 「ところでキミはどこに行くつもりなのかな?   キミこそ品評会の参加者なんじゃない?」 「え ―― あ、そんなんじゃないです。  あの ―― あなたはこのお屋敷の方、ですか?」 よく見ると、作業服のようなつなぎを着ている。 使用人さん……かな? 『目上の人には如何なる時も  節度ある態度で応じないといけない』と言う、  父の言葉を思い出した。 「あぁ、まぁ。使用人みたいな、もんかな?」 そう言いながら、『ふふっ』と笑った。 その割には、何だか堂々としてる使用人さんだ。 この使用人さんの肩越しにとても綺麗な 『ハクモクレン』の花が見えた。 このつなぎの人……庭から来たってことは、 庭師さんかも? 庭木が見たいって言ったら、 どうぞどうぞってことにならないかな? うん! 我ながらいいアイデアだ。 「あの、ハクモクレンが、近くで……見てみたくて」 「お?」 あ。やっぱり、食いついた。 この人、やっぱり、庭師さんなんだ。 「わかる? あれ、キレイでしょ?  それにしても、ハクモクレンなんて名前、 よく知ってたね? 花、好きなの?」 「あ。長屋の**婆さん ―― いえ、知り合いの  お婆さんが、花好きで……うちのご近所の庭にも、  たくさんの花が咲いています。  あ、庭師さん、なんですか? すごく素敵なお庭  ですね」 「え ―― うん。庭師……です。うん。  ……ありがとう。褒めてくれて」 そう言って、庭師さんは、おかしそうに笑うと、 傘を差し出してくれた。 朝はいい具合に晴れていたけど、 昼過ぎになりパラパラと雨が降り出した。 ま、霧雨程度なので、ビショビショになることはない けど、服が濡れれば気持ちが悪い。 「かぶって行きなさい」 「いえ。お返し出来るかわからないので結構です」 庭師さんの脇をすり抜けて、別の場所へ。 サーサーと、ミストのように降る霧雨が、 リーフを濡らしていく。 「あ! ちょっと!」 庭師さんに止められる前に、雨の中、 闇雲に走り出した。   ビシャビシャと飛び散る泥水が、 リーフの白い長靴下を、茶色に染めていく。 やっばぁ、ココ何処よ……とため息ついた リーフの眼前に、東屋が見えてきた。 「え?」 東屋の中、だらりと垂れる、 大きなしっぽが見えている。 犬? 大型犬かなぁ? リーフは、東屋に近付いた。 「うわぁ ――」 東屋には、大きな白い犬が横たわっていた。 こんな大きい犬、見たことない……。 くるくるとカールしている白いふかふかの毛に、 顔をうずめるとあったかくて、何だか、 すごく……安心した。 すごく、おとなしい犬みたい。 可愛いぃ~! 犬を散々撫でていると、後ろから声を掛けられた。 「ここで何をしておる?」 「ぅえっ?!」 傘をさしたエディがそこに立っていた。     「ったく、こんなにビショビショになって……」 「(えっ――そうでもないと思う、けど……)」 「それに体がすっかり冷えきってしまってる  じゃないか ―― ホラ、こっちへ来い」 有無を言わさず、エディに抱き締められた。 「あ、あの ―― え、えっと……」 いざ、本人を目の前にしてしまうと、 お詫びの言葉が出てこない。 「炭焼き小屋の方が近いから、とりあえずそっちに  行くぞ」 そうしてそのまま、やはり有無を言わさず 一方へ連れて行かれる。  

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