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第12話

「……メリー・ウィドウだ」 そう呟いた隼人は、カクテル言葉とやらを知っているのか? グラスを傾けて、動揺を隠す。 「本当にまた来てくれるとは、とても嬉しいな」 嫌味っぽく笑う隼人の眼前に、俺はタオルを突き出した。 「これ、返しに来たんだ」 「おや、ご丁寧に」 タオルを受け取った隼人の白い指先が、俺の荒れた指に少し触れた。 「……働いている手だね。そのカクテル、マスターからのでしょ。たまに出してる。そのカクテル。オレンジで飲みやすいから、飲み過ぎないようにな」 ニヒルに笑う。 「……どーも」 水仕事をしている隼人も綺麗な白い指をしている。 「今日はなにか食べる?」 「オススメがあればそれ頼む。この間は、卵焼き、なんて一風変わったつまみだったからさ。まぁ、美味かったけど」 俺の注文を受けた隼人は、「はいはい」と笑うと、キッチンの方へ消えた。 なにも頼まずとも良かったのに。タオルだけ返して、さっさと帰ってもよかったはずなのに。 少し時間をおいて、隼人が出てきた。 「白身魚のマリネとチーズ盛り合わせな」 はい。と洸樹の前に皿におく。神妙な表情の洸樹を見つめた。 漆黒の瞳からの視線を感じながら、つまみを口にする。 「……うん、これも美味いな。きみってさ、プロの料理人なの?」 「あれ? もう名前では呼ばないの? 洸樹さん」 またも意地の悪い笑みで、答えにくい質問を投げてくるから。 「隼人、は……プロのシェフなのか?」 もはやどうでもよくなり、呼び捨てにした。

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