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第29話
さて、ここからどうするか。とは思う。
今まで男には家を知られなかったが、洸樹にはなぜか教えてしまった。
昔の記憶が疼いた。
まぁ、なにかあれば引っ越しをしよう。思いながら笑った。
それからも洸樹はBARに通った。
マスターの作るカクテルを飲みながら、一緒に帰る隼人を待つために。
「洸樹、マスターから差し入れ。あともう少しだから食べて待ってて」
パタパタと厨房とホールを行き来する隼人がスコップティラミスを一切れ出した。
「濡れ鼠くんは特別サービスだよ」
常連、よりもすこし身内の扱いがくすぐったくもある。
そして、幾度目かの夜。隼人の家で食事を終えて。ベッドの上で隼人の身体を背中からギュッと抱く。もう、こういった行為も自然になってきた。
「……甘えただよなぁ、とくに、こういう後は」
なにか意味あるのか?と微笑めば洸樹の表情が陰った。
こいつに言うべきか、言わないべきか。
ずっとそう悩んでいるより、思い切って吐き出せば良いと感じて。首を傾げる隼人の髪の毛を、指先で弄る。
「最初にBARに入ったとき、お前と最初に会った時……俺が濡れ鼠になってた理由、知りたいか?」
多分隼人は「NO」とは言わないだろうが。
「……聞いていいのなら、聞くよ」
静かな声が洸樹を促した。
ふぅ、と一息ついて、隼人の頭に頬擦りをしながら語り始めた。
「まぁ、お前も気づいてるとは思うけどさぁ……失恋したんだよ。真剣に想ってた、オトコにさ」
洸樹の顔を乗せたまま、隼人の頭は、うんうん、と頷き、話の続きを求める。
「どんな美形だったの?」
少し冗談目かして空気を重くならないように話す。
「んー? 隼人のほうが何億倍も美人だけどさぁ」
綺麗な白い頬を撫でる。それは事実だった。
「歳上で……まぁまぁイケメンで……バイト先の上司だったから、なんか憧れてたんだよね」
隼人は「そうなんだ」と相槌を打つ。
雨が気にならないほどの失恋なんてしたことがない、と思いながら先を促した。
「でもさ、最初は俺が口説かれたんだぜ?」
そう言ってから苦笑して。
「信じて貰えないかもしれないけどさ」
付け足すと、隼人は真面目な声で、
「信じるよ。だって洸樹ってかわいいじゃん」
そんなからかい文句を投げる。
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