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第32話
「……う〜ん……」
自宅でごろりと寝転んで、洸樹はひとつの鍵を手の平で弄んでいた。
本当に受け取って良かったのか?
なんか騙されてんじゃねーだろうな?
隼人は俺の事、ペットの犬みたく見てんのか?
洸樹の頭の中には疑問がぐるぐる渦巻くが。
「結局、受け取っちまったもんなぁ……」
窓から差し込んだ夕陽に、隼人の家の合鍵がキラリと光った。
大学の講義が終わり、バイト先へと向かう。
嫌な慣れかたをした視線の主を無視して足早にBar【CHARME】のバックヤードに入った。
「おはよ、隼人」
いつもと同じマスターの声に身体から力が抜けた。
「お、はよう、ございます……稜さん……」
「お疲れ様」
ペリエの瓶を渡された。
何も言わずとも、聞かずとも、察して最大限手を貸してくれる。
「さ、汗が引いたらよろしくね」
マスターはぽんぽんと頭を撫で、今日の仕込みのため、フロアに向かった。
「……はい」
深く息を吐いた。
なぜだか無性に洸樹に会いたかった。
BARの扉をゆっくり開けると、カウンターからマスターが微笑みを向けた。
「おや、こんばんは、濡れ鼠くん」
「……どーも」
軽く頭を下げて、辺りを見回すと。
「隼人なら奥のテーブルで、お客さんと会話中なんだ。ちょっと待っててよ」
マスターはそう話し掛けながら、無言で腰掛けた洸樹に、見た事のないカクテルを差し出した。
「『スティンガー』。ペパーミント、嫌いじゃないといいけど」
ブランデーの甘さとペパーミントリキュールの鼻を抜ける香り。ショートグラスのカクテルとマスターの顔を見比べた。
渇いた喉をカクテルで潤すと。
「あなたは、隼人が……引っ越したの、知ってますか?」
目を逸らして訊いてみた。
「うん。この前に聞いたよ」
さらりと答える。じゃあ、洸樹が合鍵を持っている事も知っているだろうか。
このひとには、隼人の洸樹の関係をなんと表しているのだろう。
「あのこが僕以外に手を伸ばしたのは初めてなんだ」
クスクスと笑いながら隼人のいるであろう奥へ視線を向けたマスターが磨いたグラスを置いた。
「だからね、僕から君へのメッセージ。意味は『危険な香り』だよ」
あのこを頼んだよ。と微笑んだ。
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