35 / 40

第35話

「はい、どーぞ」 ビールをグラスに注ぎ洸樹の前に置いた。 顔色はよくない。 注がれたビールを豪快に呑むと、つまみも豪快に食べる。 「やっぱり、隼人の手料理は、酒に合うな〜」 もぐもぐと口を動かしながら喋ると、隼人はくすり、と笑う。 だがその表情を見ても、洸樹は安心は出来なかった。どこか疲れた笑顔で。 洸樹の視線から目をそらす。 「ありがとう」 他愛ない言葉に癒されながら、隼人もビールを飲んだ。 普段なら美味しい苦味が、今は煩わしかった。 「……なぁ、隼人」 ゆっくりと呼び掛ける事が出来たのは、だいぶ酔ってきたからだろうか。 「なにか……あったのか?」 箸を持った手をぴたりと止めた隼人に少し慌てて。 「いや、なんかあっても、言いたくないならいいけどさ」 洸樹は笑い混じりで話し掛ける。 「…………」 洸樹の言葉に少しだけ戸惑った。 「あー、うん……」 今の状況を声にすることすら恐いと自覚する。 「……もと、かれ?にストーカーされてるんだよね」 何も掴めなかった箸を置いて静かに答えた。 ストーカー? テレビや雑誌でしか聞いた事の無い単語に、洸樹は唖然としたが。 それで隼人はずっと不安そうで苦しそうだったのか? 「どういう事されてるんだよ」 思わずきつい口調で問い質すと、隼人の肩がビクッと震えた。 「……付きまとい、かな……大雑把に言えば」 大学からバイト先などの移動中、視線が身体にまとわりついて離れない。 「だから、引っ越しをしたんだ……」 何度目かの引っ越し。 徐々にセキュリティの高い家にしている。 「警察とかには相談してないのかよ?」 子供っぽい質問になってしまった。ストーカーにあっている状況なんて、何も分からなくて。 「ストーカーって、実被害ないと動いて貰えなかったんだ。ついでに、俺は警察の人から『気のせいだ』って一蹴されたからなぁ……」 苦味を含んだ自嘲。 「でも、稜さんが……色々手を回してくれてるから……」 これだけですんでいるのだ。 洸樹を真っ直ぐ見つめる。 「洸樹は、大丈夫そうなんだよね……」

ともだちにシェアしよう!