5 / 25

Ⅰ章 優しいその指が……②

戦争が終わった。 ポツダム宣言受諾 大日本帝国 無条件降服 多くの命が犠牲となった大東亜戦争が終結し、日本は敗戦国になった。 戦争が終わっても、俺は本土に帰れなかった。 捕虜になったからだ。 昭和20年 8月9日 未明 日ソ中立条約を破棄したソ連が満州に侵攻する。 捕らえられた日本兵はシベリア鉄道で強制連行された。 辿り着いたのは、極寒の地 零下30℃を下回る真冬の酷寒(マロース)は体力を奪い、精神を蝕んだ。 収容所(ラーゲル)での捕虜の待遇は劣悪で、食物もろくに与えられない上、重労働を課せられた。 一人、また一人……日本人が倒れていく。 父もハバロフスクの収容所で死んだ。 『トウキョウ帰還(ダモイ)』 ソ連兵の将校に命じられて日本に帰国が許されたのは、終戦から五年の歳月が過ぎた冷たい夏だった。 「鷹緒さん」 やっと、あなたに会えます。 引き揚げ船の中で、父の手帳を握りしめた。 子爵の我が家は、一つ上の爵位である伯爵の藤野家と古くから懇意にしている。 俺には母の記憶がない。 早くに母を亡くし、身の回りの世話は侍女がしていた。 ある日 父に連れられて訪ねた藤野家に、見知らぬ人がいた。 美しく儚げな人…… 触れたら消えてしまいそうな、淡雪のように真っ白な…… 同性なのに。不思議とそう感じた。 鷹緒さんとの出逢い 三つ年上のこの人と仲良くなるのに、時間はかからなかった。 俺達は毎日遊んだ。 兄弟のように 家に歳の近い遊び相手のいない鷹緒さんは、俺を弟のように思っていたに違いない。 嗣子(けいし)に恵まれなかった当主が、遠い親戚の子供を養子縁組して藤野に迎えた。 その子が鷹緒さん、だと…… 父に聞かされたのは、俺が分別ある年齢になってからだった。 鷹緒さんを守りたい。 優しく柔らかな笑顔を、ずっと見ていたい…… 鷹緒さんにとって、俺は弟でも 鷹緒さんの騎士(ナイト)になる 幼い俺が描いた夢 鷹緒さんへの憧憬(しょうけい)は、きっと…… 幼き日の恋心だったのだろう。

ともだちにシェアしよう!