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Ⅰ章 優しいその指が……②
戦争が終わった。
ポツダム宣言受諾
大日本帝国 無条件降服
多くの命が犠牲となった大東亜戦争が終結し、日本は敗戦国になった。
戦争が終わっても、俺は本土に帰れなかった。
捕虜になったからだ。
昭和20年 8月9日 未明
日ソ中立条約を破棄したソ連が満州に侵攻する。
捕らえられた日本兵はシベリア鉄道で強制連行された。
辿り着いたのは、極寒の地
零下30℃を下回る真冬の酷寒 は体力を奪い、精神を蝕んだ。
収容所 での捕虜の待遇は劣悪で、食物もろくに与えられない上、重労働を課せられた。
一人、また一人……日本人が倒れていく。
父もハバロフスクの収容所で死んだ。
『トウキョウ帰還 』
ソ連兵の将校に命じられて日本に帰国が許されたのは、終戦から五年の歳月が過ぎた冷たい夏だった。
「鷹緒さん」
やっと、あなたに会えます。
引き揚げ船の中で、父の手帳を握りしめた。
子爵の我が家は、一つ上の爵位である伯爵の藤野家と古くから懇意にしている。
俺には母の記憶がない。
早くに母を亡くし、身の回りの世話は侍女がしていた。
ある日
父に連れられて訪ねた藤野家に、見知らぬ人がいた。
美しく儚げな人……
触れたら消えてしまいそうな、淡雪のように真っ白な……
同性なのに。不思議とそう感じた。
鷹緒さんとの出逢い
三つ年上のこの人と仲良くなるのに、時間はかからなかった。
俺達は毎日遊んだ。
兄弟のように
家に歳の近い遊び相手のいない鷹緒さんは、俺を弟のように思っていたに違いない。
嗣子 に恵まれなかった当主が、遠い親戚の子供を養子縁組して藤野に迎えた。
その子が鷹緒さん、だと……
父に聞かされたのは、俺が分別ある年齢になってからだった。
鷹緒さんを守りたい。
優しく柔らかな笑顔を、ずっと見ていたい……
鷹緒さんにとって、俺は弟でも
鷹緒さんの騎士 になる
幼い俺が描いた夢
鷹緒さんへの憧憬 は、きっと……
幼き日の恋心だったのだろう。
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