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Ⅰ章 優しいその指が……③

「ここはサロン。男が男を買い、一夜(ひとよ)の快楽に興じる夢の館です」 お留まりになられるのでしたら…… 「ご指名を伺いましょう」 違う! ここは鷹緒さんの屋敷だ。 「こんないかがわしい事をしてッ」 「表向きは個室でお酒を嗜む社交場です。お客様が不利益を被る事はございません」 バンッ テーブルを叩き割らんが勢いで、拳を振り下ろす。 「鷹緒さんの家で勝手な真似をするな!」 「鷹緒は私です。私の屋敷で何をしようと、貴方に指図されるいわれはございません」 「貴方は鷹緒さんじゃない!」 この屋敷は時間が止まっている。 敗戦で華族制度は崩壊した。 今やこの国で爵位は何の役にも立たない。 子爵である俺も、只のシベリア抑留 引き揚げ者だ。 しかし、ここは…… 豪奢なジャンデリアが天井で輝く。 緋色の絨毯に、大理石のテーブルと繊細な彫刻の施された椅子が並んでいる。 まるで社交界 目の前の……鷹緒を名乗る青年は、正装である大礼服を彷彿させる、白で統一したきらびやから装いをまとう。 戦前、彼が伯爵令息を名乗ったら、俺は信じてしまっただろう。 だが、彼は伯爵令息ではない。 彼は鷹緒さんではないのだから。

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