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Ⅰ章 優しいその指が……⑤

形見の手帳 あなたは知っていたのか? 父は、あなたを愛していた 『時こそ今は花は香炉に打薫じ』 ボードレールの詩の一節の引用で始まった手帳には、鷹緒さんへの愛が綴られていた。父は、鷹緒さんをッ! 裏切られたのか? それすら判断できない。 だが、俺は父を許した。 なぜなら…… 父さんは、もういない…… 『銀の時計を鷹緒君に返してほしい』 シベリアの収容所で、死を覚悟した震えた文字が強く刻まれていた。 手帳の最後の(ページ)に記された遺言(いごん) 銀の時計とは、父が肌身離さず身に付けていた懐中時計だ。 出征前に鷹緒さんが贈った物なのだろうと、容易に推測できた。 父の遺言を叶えるため、俺は六年振りに藤野家の門をくぐった。 ボロボロの革の手帳と、銀の懐中時計を携えて…… 皮肉にも鷹緒さんを愛した父の形見の時計が、俺と鷹緒さんを繋ぐ鎖だった……

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