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Ⅰ章 優しいその指が……⑦

忘れるわけがない。 あなたの顔を 何年たとうと見間違える筈がない。 あなたの眼を 深い海の底に宿る、光 哀しい色をしている…… 「今日は住江田(スミエダ)様がお越しになる日だ。準備はできているのだろうな」 「はい、真珠(シンジュ)様」 青年は鷹緒さんを『真珠』と呼んだ。 鷹緒、ではなく。 「しかし真珠様が(ねや)をお務めにならずとも……ほかの者でも間に合います」 「住江田様は大切なお客様だ。俺がお相手する」 「ですがっ」 「鷹緒、口答えは許さない」 『真珠』と呼ばれた鷹緒さんが、青年を『鷹緒』と呼ぶ。 『鷹緒』と呼んだ『真珠』が体を売る。 俺の知らない男にッ 「鷹緒さん!」 声にゆっくりと鷹緒さんが振り返った。 やはり『真珠』は鷹緒さんだ。 「あの方は?お前に用があるみたいだが」 ………………どうしてッ 俺は、あなたをっ。 「いえ。お引き取りを願っていたところです。ご指名が決まらず、私がお相手を。と申し出たのですが」 「馬鹿を言うなッ!」 雷鳴と紛う叱責が轟く。 声を振り上げた真珠が肩で息をした。 「お前は(とぎ)してはならん!」 「は、は…い……」 呆然とうなだれる青年。 「俺がお慰めしよう」 「……真珠様」 「閨を申し出たのだろう。お前の約定は、俺の約定だ」 「ですがっ」 「口答えは許さない」 「ですがっ。住江田様の閨が控えておりますっ」 「住江田様には、具合が悪くなったとでも伝えておけ。 ほかの者でも間に合うのだろう。お前はそう言ったな」 青年の唇が震えた。 「俺は、そこの方と閨を共にする」 漆黒を金糸で彩る衣裳(いしょう) 伯爵令息に相応しい豪奢でおごそか、華麗なる出で立ちの彼が一歩、また一歩…… 足取り優雅に螺旋階段を降りる。 俺の前に跪いた彼が、おもむろに右手を取った。 「当サロン主人 真珠でございます」 気高い瞳が、真っ直ぐ 仰ぐ視線が鼓動を突き刺す。 真摯に見つめる眼差しに、意識が吸い込まれる。 伯爵の彼が、子爵の俺に深く(こうべ)を垂れた。 「今宵はどうぞ、この体を愛でてくださいませ」

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