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Ⅱ章 時こそ今は花は香炉に打薫じ⑧

ガチャガチャガチャッ 外からの力でノブが動いたが、扉は開かない。 「真珠ッ、中にいるのか」 この声は! 「住江田様」 「放火だ。屋敷が燃えている」 ………家が? 「熱で扉が変形している。窓から逃げろ」 「どうしてっ、誰がそんな事を」 「男娼だ。客を取らない鷹緒君に嫉妬して」 「俺のせいでッ!」 叫びが裂いた。 「俺はッ!」 与えられていないと思っていた。 望むものは何も。 人が羨むものなんて俺には無い……と。 なのにっ。 「火をッ」 消さなければ。 家が 貴方と俺の家が 貴方が運命を変えてまでも守り通した、大切な場所が燃えてしまう! 「鷹緒君も中にいるのか。消火は無理だ。火の回りが早い」 「嫌だ!」 ノブを引くが、変形した扉は開かない。 後ろから鷹緒を抱え込んだ。 「分かりました。住江田様も避難を」 「真珠も無事で」 足音が遠ざかる。 太客の住江田様が報せてくれた事で、事態は把握した。だが。 この部屋の窓は…… 「施錠が壊れている」 飾り格子が頑強に巡らされ、窓を破るのは不可能だ。 ガシャンッ 鈍い金属音が響いた。 ガシャンッ 「凌!」 手に握るのは…… 銀の懐中時計 「お父上のっ」 覚えている。出征前に満忠様に送った時計だ。 「すみません。今はこうするしか」 「しかし形見だッ」 「あなたの命が大事です!」 錠前に銀時計をぶつける。 ……ガリリンッ 鍵が壊れた。 吹き込んだ風に乗って悲鳴を上げたのは、 バリン 床の上で砕けた銀の懐中時計だった。

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