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「ケーキうまかったのか」
「……とってもおいしかった、です」
「そうか」
巽が運転するごきげんワーゲン……いや、今の俺の中では残念ワーゲンです、ていうか俺残念、です。
夜になって車のライトが溢れる表通り。
自分の空回り具合に落ち込んで助手席でしょんぼりしていたら。
「コーイチ」
混雑していて進まない車道、ハンドルに片手を引っ掛けて前を向いたまま巽は言った。
「アイスがうまかった、映画が面白かった、飯がうまかった。お前がそうやって楽しんでくれるんなら俺はそれで十分だ」
音量の絞られたラジオから聞き覚えのある曲が小さく流れている。
「ありがとうな。今日一日、一緒にいてくれて」
無駄な贅肉なんてないシャープな横顔。
周囲のライトにほんのり照らされて、いつもより無駄に男前度が増していて。
ついさっきまでしょんぼり落ち込んでたくせ、気持ちが一気に盛り上がった俺は。
助手席から身を乗り出して巽のほっぺたにちゅっとキスした。
「俺の方こそ、今日一日いっしょにいてくれてありがと、です」
あ。
なんだこれ。
すんげー恥ずかしいヤツじゃね?
あ。どうしよ。
俺また空回りしちゃったかも。
ちょっと今、巽の顔、見れない、かも。
「……コーイチ、お前」
「ッ……もうそっとしといてください、巽さぁん」
「他の誰かにもやったことあんのか、今の」
「な、ないよッ!ねぇに決まってんじゃんッ!あって堪るかッ!」
助手席の隅っこでまっかになって俯いて縮こまっていたら低い笑い声が聞こえてきた。
ちらーり見てみたら前向いたまんま巽は一人で笑ってた。
「来年も今ので頼む、コーイチ」
なにその必殺技?
俺に何回トドメ刺すつもりですか、この体育教師。
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