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「うううう~~~」
「いきなりどうした、吐きそうか? トイレ行くか」
「ち、違う、違います……」
幸いコーイチは「キュン死に」には至らなかった。
「緒方は悪くねーもん……俺、映画館の人に言ってこよっかな。常習犯かもしんねーし」
「俺も行く」
受付やフードカウンターは客でごった返していたので、通路を歩んでいたスタッフの一人に緒方が声をかけ、コーイチから受け取っていたチケットの半券を渡して、これまた緒方が手短に説明した。
「通路側の隣に座った奴に痴漢されました」
大学生のアルバイトにそれだけ告げると、しどろもどろしていた当事者のコーイチの腕を引き、速やかに映画館を後にした。
「あれだけでいーの……? 俺らのイタズラだって思われたりしねーかな?」
「お前、警備員とか呼ばれて女装のこと根掘り葉掘り聞かれてもよかったのかよ」
「う」
「何か胸クソ悪ぃな、外で昼食うか」
「うん! おなかへった! カレー食べよ!」
「ラーメンじゃなくていいのかよ」
自分よりも怒っていた緒方にコーイチはテヘヘと笑いかける。
緒方、ありがとね。
クソバカって言われてこんな感激するの、産まれて初めてかも。
……でも、なかなかヒドイ言葉だよな、クソバカって。
……もうちょっとソフトにマイルドに言ってもらってもよかったんじゃね?
「カレー零してんぞ」
「あ、やべっ」
「ほんとバカだな」
裏通りのカレー屋さんでオムカレーを食べていたコーイチは、向かい側で大盛りエビカレーをすでに平らげていた緒方をじろっと見やった。
「一日一回必ず俺のことバカって言うクセやーめーろ」
「バカバカバカバカ」
「こ……っこらぁ!!」
日当たりのいい窓際のテーブル。
喉骨を波打たせて氷水を一気に飲み干した緒方にコーイチはプンスカしながらも、おばか正直に見惚れた。
やっぱ緒方かっけぇ。
ただ水飲んでるだけでも絵になる、ずるい、神様ヒイキしすぎ。
「早く食えよ」
「むぐぐ、緒方、この後どーする? ボウリング行く? カラオケ行く?」
「ボウリングもカラオケもバスケ連中と行ったばっかだ」
「俺は行ってませんけど!?」
「ウチ来い」
「え。あ。はぁ。緒方んち」
「今、家族いねぇから」
「……はい?」
「親、親戚の法事で遠出してる。妹連れてな」
オムカレーの最後の一口をスプーンごと頬張ったまま、おばか正直に赤面したコーイチに、緒方は口角の片方を吊り上げてみせた。
「今、えろいこと考えたろ、バカコーイチ」
まぁ上から目線でコーイチをからかいながらも。
先日、法事で家を留守にすると親に聞かされた瞬間から、コーイチを連れ込んでえろいことをする気満々だった緒方なのだが。
だから映画も次の回を選んで時間が無駄に潰れるのをよしとせず、離れ離れの席になる早い時間帯のものを止む無く選んだわけで。
「帰りは夜遅いんだと」
ハードな清涼剤をボリボリ食べる緒方を正面にし、何故だか自然と内股になっていったコーイチ。
緒方のすけべぇ……と批判しつつ、昼下がりのどぎまぎ感に興奮を隠せない女装男子なのだった。
「ひ……昼間っからお風呂とか、湯冷めするじゃんか、緒方こそバカなんじゃね!?」
すでに何度か緒方家にお邪魔したことのあるコーイチだったが、さすがに、浴室にまで案内されたのは初めてだった。
「大声出したら外に聞こえるぞ」
「こ、怖い! いきなり家族帰ってきたらどーすんだよ、逃げ場ねーじゃん!」
お風呂が沸くと、服をポイポイ脱がされ、男子高校生二人が入るには少々狭いバスタブまで強制連行された。
「あ!」
「なんだよ」
「緒方、このクソスケベっ……経験あんだろっ、こんな風にお風呂に誰か連れ込んだことあんだろっ!?」
「……」
「バーーーーカ!!」
バカと罵られて怒るどころか緒方は噴き出した、ジタバタしているコーイチを向かい合わせにして抱き寄せると、その耳元で問いかけた。
「それヤキモチか?」
あったか湯船の中でハグされて、胸と胸が重なって、コーイチは一気に大人しくなった。
「いちいち可愛い奴」
「や、やめろぉ……耳元でしゃべんなぁ~……っ」
「もっとこっち来い」
「あっ、ちょっ……信じらんね……友達んちの、お風呂で、こんなぁ……」
不意に緒方に間近に覗き込まれてコーイチは猛烈にどきっとする。
「もうただの友達じゃねぇだろ」
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