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隣町の外れにある宿。 ドレスだと目立つのでフツメン男子の格好にコーイチは着替えさせられていた。 「なんか変なかんじ」 天然っけのあった、今は亡き母親に面白がられて女の子の格好をさせられて育った女装男子姫。 フツメン男子の格好でいる方が違和感ありあり、慣れないズボンに戸惑っていた。 「脱いじゃお」 ズボンを脱いで、サイズがまるで合わずにだぼっとしたシャツをシャツワンピみたいに着こなして、質素なベッドにぼっふん飛び込んだ。 「ぱんつ見えるぞ」 ベッドでゴロゴロしているコーイチを尻目に巽は脱ぎ捨てられたズボンを畳んでやる。 暖炉でパチパチと爆ぜる火。 ランプに点った橙の明かり。 ひんやり夕風に軋む格子窓。 「俺の裏切りに気付いて、どんな反応したんだろうな、あの御方は」 ベッドでゴロゴロしていたコーイチはパチパチ瞬きした。 もぞりと起き上がり、草臥れたニットにまっくろ革パン、ブーツを履いた、どこからどう見ても抜け感サイコーなスタイリッシュ男前の巽を見つめた。 「やっぱあの人のこと気になる?」 巽は答えなかった。 ……俺の二番目のおかーさまは魔女筋だった……。 いつまで経っても若いなー、ぜんっぜんふけねーじゃん、どんなスキンケアしてんだよ、俺も知りたいっ、呑気にそんなこと思ってました。 人を呪ったりとか強力な魔法は使えないらしいけど。 まさか俺のこと殺すつもりでいたなんてなー……。 どんだけ性悪なんだよ!! 超ド級のおっぱいに気が気じゃなかった俺の青春返せ!! 「コーイチ」 「ほぇっ?」 お湯をなみなみと湛えた洗面器を両手で持ち、巽は、その場に跪いた。 「足、洗ってやる」 「え。俺、ちゃんとお風呂入りたい」 「湯が沸くのにまだ時間がかかる。泥で汚れてるだろ。とりあえず足貸せ」 「うん」 ベッドの端にギシリと腰かけたコーイチは洗面器にちゃぷんと足先を突っ込んだ。 「わぁ。あったかい」 自分の命がかかった非常にスリリングな状況におかれていた割に、常にのほほん楽観的でいたコーイチは、やっぱりのほほん表情を和らげた。 布きれにお湯を含ませ、コーイチの足を拭ってやりながら、巽は言う。 「気にならねぇよ」 川の水でメークを落としてスッピンでいたコーイチは、滅多にお目にかかれない巽のつむじをまじまじと見つめた。 「オヤジが死んで、オヤジの代わりをやらされたのは事実だが、あくまでも<殺し>(そうじ)だけだ」 「お、お掃除」 「都合のいい間男に成り下がるのだけは死んでも御免だった」 「あ、あんな超ド級のおっぱ……体で迫られても? 一回くらい……なんかあったんじゃない?」 「ねぇよ、一度も」 コーイチは十七歳に。 巽は二十九歳になっていた。 「出会ったときもこんな風にしてやったな」 「えっ? そうだっけ?」 「あのときより俺は強くなった。お前を守ることができる」 ほっぺたを赤くさせて胸をキュンキュンキューーンさせたコーイチだったが。 「いざとなったら俺の命に代えてでもお前を守る」 その言葉には心臓をブルリと総毛立たせて、モーレツに、怒った。 「こッ……こらぁぁぁぁあ!!!!」 いきなり怒られて呆気にとられている巽の両頬を、むぎゅっっっ、全力でつねった。 「違うよ!! 俺そんなモンいらない!! 巽さんの命なんか死んでもいらない!!」 贅肉がないシャープな輪郭をした巽の頬を必死こいて、ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう、つねった。 「俺だって巽さんのこと守るし!? これから俺と巽さん二人いっしょに自由になるんだよ!!??」 必死の形相で喚くコーイチに巽は……笑った。 「わがまま姫め」 そのまま、怒りの余り涙ぐむコーイチの唇に、キスをした。

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