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「通路にまでコールが聞こえてきましたので、誠に勝手ながら室内の様子を確認させていただきました。申し訳ございません」 さすがに止んだイッキコール。 言葉遣いは丁寧だが、必要以上に謙るでも緊張するでもない店員は毅然とした態度で室内を見渡して言った。 「当店では急性アルコール中毒になりかねない無茶な一気飲みはお断りしております」 「コイちゃん、ごめんね、せっかくのイッキ台無しにしちゃって」 「いや、別に……コイちゃんそんな飲みたくなかったし……」 「まぁでも気を取り直して歌お?」 店員にビシッと注意されて飲酒強要はしなくなったものの、相変わらず馴れ馴れしく肩を抱いてくる隣の男にコーイチはげんなりした。 同時に怒りで全身がカッカしていた。 隣の男や周りの大学生、クラスメート女子に対してではない。 『一気飲みとかやめろ』 さっきの店員に対して、だった。 彼はコーイチにだけ聞こえるトーンで言ったのだ。 『馬鹿じゃねぇの、友達選べよ、馬鹿が』 ばっ……ばっ……ばかって言われた。 初対面の店員に。 しかも二回。 別に俺自身がイッキしたかったわけじゃないのに。 お酒なんて興味ねーのに。 ただ、場を盛り下げないようにって、仕方なく……。 『馬鹿じゃねぇの』 胸の奥底から全身へと広がっていく熱波にコーイチはクラクラした、こんなに激しい感情が湧いてくるのは珍しかった、熱くて熱くて、頭の奥が逆上せそうになって、冷房を点けて強風設定にしたくなった。 「なんかコイちゃん、熱くない? 火照っちゃった?」 ほんとに熱い、異様に熱い。 お酒は一口だって飲まなかったのに。 さっきの店員に止められたから……。 『馬鹿が』 自分だけタメ口で罵っていった店員の冷めた眼差しを思い出してコーイチは益々カッカした。 掴まれた手首までジンジンしてきた……。 むかつく、腹立つ、あのやろーー!!!! 全身カッカするわ、首はムズムズ痒いわ、隣の男は馴れ馴れしいわ、踏んだり蹴ったりなコーイチはろくに食べ飲みもしないで悶々としたフリータイムを過ごした。 「イタリアンのお店予約してるから移動しよう」 カラオケ店を出れば日は暮れて宵の口。 近場にある飲食店へぞろぞろ向かっていた道中、コーイチは一人だけぴたりと足を止めた。 「ごめん、コイちゃんスマホ忘れたから取りに戻る」 一番そばにいたクラスメート女子にそれだけ告げて、くるりと回れ右、詳しい店の場所も聞かないで来た道を引き返した。 スマホはバッグの内ポケットにちゃんと入っていた。 あの店員に一言物申さなければ気が済まなかった。 仮にも客だぞ、お客様! それなのに「ばか」二連発もお見舞いされて黙っていられるかっ、苦情だっ、本人に文句言ってやるっ! 人通りの多い歩道を勇み足ながらも慣れないヒールでよろよろ進んでいたコーイチだったが。 「待って、コイちゃん」 カラオケルームでずっと隣にへばりついていた男が追いかけてきて目を丸くさせた。 「今から二人でどっか行こう?」 まさかのお誘いに呆気にとられた。 「え、だって今からみんなでサイゼかなんかに行くんじゃ?」 「サイゼじゃないけど? 俺、コイちゃんのこと気に入っちゃって?」 「はぁ」 「だから二人っきりになりたいな〜って?」 道端でまた肩を抱かれてコーイチはさすがに「むり~」と拒絶反応を起こしそうになった。 「コイちゃん、カラオケに戻んないと」 「俺も一緒に戻るよ。あ、なんなら二人で歌い直す?」 勘弁してください。 「あ~、コイちゃん、合コンもう満喫したし、帰ろっかな~」 さり気なく距離をとろうとしたら今度は片腕を掴まれた。 どさりと足元に落ちた荷物。 拾おうとしたら先に拾われてわざとらしく遠ざけられた。 掴まれた腕は痛いし、酒くさいし、足疲れたし。 どーすりゃいーんだ………… 「ガチの馬鹿かよ、お前」 いきなりもう片方の腕を掴まれたかと思えば聞き覚えのある声で罵られて、コーイチは、おっかなびっくり振り返った。 「道の真ん中で堂々といちゃつくんじゃねぇ」 一言物申そうとしていた相手がすぐ背後に立っていた。 アウトドアブランドのリュックを背負って。 ウェイターっぽい制服ではなく着崩した学ラン姿で。 「あ……っあ……っあーーーー!!」 「うるせぇ」 動揺の余り大声しか出せずにいるコーイチに彼はピシャリと言い放った。 「ばか」の次は「うるせぇ」がきましたよ、これ。 あれ、実は俺達って知り合い? もしかして幼馴染み? 名前も知らない初対面相手にここまでこっ酷く言えるもん? 「っ……痛い、腕痛い! なんでコイちゃんの腕掴むんだよ!」 「歩行の邪魔なんだよ」 「邪魔!? ばか! うるさい! そして邪魔! たった一日で三大悪口言われた!!」 「うるせぇ」 「また言われた!!」 急な再会に動じていたはずのコーイチ、立て続けに罵られてプンスカしていたら。 「お前さっきの店員かよ、高校生だったわけか」 プンスカどころではない、ガチギレしかけている合コン相手が彼の胸倉を片手で掴み、さーーーっと血の気が引いた。 ガチのケンカとか怖くてむりすぎなんですけど!? 「さっきは随分偉そーに説教してくれたよな、女の子がいる手前大人しく聞いてやったけど、さすがに二度も続くとキレちゃうよ?」 お巡りさん来たら俺だけダッシュで逃げてもいいかな? 「年上なめてんじゃないよ?」 しまった、このブーツじゃあダッシュで走れない、いざとなったら脱ぎ捨てて逃げよう! 「もしもあの場でコイツがイッキやってぶっ倒れたら、その後、責任とれたのか」 周囲を気にして逃げることばかり考え、おろおろしていたコーイチは、はたと彼の顔に焦点を合わせた。 「もしも後遺症が残ったらケアしてやれたか? コイツの人生を背負う覚悟あったのか?」 そのまま視線を束縛された。 胸倉を掴まれても相手に手を出さない、ただ自分の片腕は何故だか掴んだままでいる、年上の男を真っ直ぐ見据えている彼をひたすら見つめた。 「ちょっと何言ってるかわかんないです」 年下の男子高校生に冷静に諌められても特に感じ入る様子もない大学生は、笑って、拳を振り上げた。 彼に視線を奪われていたコーイチは我に返った。 彼が殴られると思って、咄嗟に、口を開いた。 「実はコイちゃん男なんです!!!!」 「きしょくわる」 どうして男なのに女装して合コンに出ているのか、散々攻められて罵倒された挙句、アスファルトに荷物をぶん投げられてとどめの捨て台詞。 去り際に大学生に舌打ちされ、通行人にはチラ見され、放心状態のコーイチがその場で固まっていたら。 学ランの彼は中身の食み出ていた荷物を拾い上げた。 ぶん投げられた勢いで飛び出していたスマホも拾い、ざっと画面をチェックし、コーイチに差し出した。 「よかったな」 この状況で何がよかったのか、コーイチはぎこちなく首を傾げる。 「スマホ、ヒビ入ってねぇ」 荷物一式を受け取った女装男子は……クリームアイシャドウが瞼に適度に塗り込まれた双眸にぶわりと涙を浮かべた。 「おっ、おっ、おっ」 「オットセイの真似か」 「オットセイの真似じゃな……っ……お、お前のせいだ……っ」 抱え込んだ荷物越しに涙ながらにコーイチは彼を睨みつけた。 「なにが俺のせいなんだよ」 ほんとだ、何言ってんだ、コイちゃんは。 むしろ逆に助かったじゃん。 急性アルコール中毒回避できたじゃん。 酔っ払い大学生、ある意味撃退できたじゃん。 こんなんただの八つ当たりだ。 「う~~~……!」 やり場のないムカムカイライラを目の前の彼にぶつけている、一番正しいのは彼だと自分自身でも十分わかっている。 でもそうでもしないと涙がもっと溢れ出しそうで。 もっともっとカッコワルイ極まりない有り様になりそうで。 言葉に詰まってコーイチが唸っていた、そのとき。 ぐううううううううううう~~ コーイチのお腹が盛大に鳴った。 「……腹減ってんのかよ」 問いかけられた女装男子はうるうるまなこでさらに彼を睨みつけた。 「そう! コイちゃんお腹減ってんだよ! お前にばかばか言われて、そのことで頭いっぱいで、数時間なんっも食べてないんだよ! お前のせいでお腹空いてんの!」 周囲も憚らずにぎゃーすか喚かれて、彼は、笑った。 「そーいうことな」 「……」 「お前が腹空かせてるのが俺のせいなわけか」 自然と零れた彼の笑みに、コーイチは、見惚れた。 いや、実のところ先程からずっと彼に見惚れていた。 「仕方ねぇ奴。何か奢ってやるよ」 「へっ……マジで……?」 「何食いたいんだ?」 「えーと……イタリアン……?」 「は?」 急激に冷えた眼差しに見下ろされてコーイチは首を左右に振りまくった。 すると鋭い目は再び仄かな温もりに満たされて。 彼はコーイチの頭を無造作に撫でた。 「気色悪くねぇよ、コイ」

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