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「お、緒方ぁ、ここって超有名なとこだよね?」 「いちゃパだったか」 「そーそー、いちゃいちゃパーク、略していちゃパ。制服でこんなやばいとこ来ていーの?」 「いいんじゃねぇの」 そこは若者に「いちゃパ」なんて呼ばれている街角の広場公園だった。 広い敷地内にはベンチや東屋が点在し、草木が生い茂って丁度いい死角が至るところにある、夜になればいちゃつきたい恋人同士がどこからともなくやってくるマル秘スポットだった。 そんな場所へ緒方に連れてこられたコーイチ。 外灯の薄明かりの中、やたら至近距離で囁き合っている男女が視界に写り込む度にどぎまぎした。 「あのベンチでいいか」 尻込みしている童貞男子と打って変わって緒方は平然と舗道を突き進み、空いていたベンチに腰を下ろす。 バッグを抱え込んだまま座ろうとしないコーイチに彼は小首を傾げた。 「座んねぇの」 「えっ? 逆に座んの?」 「……」 無言で手招きされて、おどおどきょろきょろしつつも、コーイチは緒方の隣に腰かけた。 肌寒い夜だった。 露出している足がスゥスゥし、膝に置いたバッグの下で内股になって「さむ」と呟いた。 「コーヒー買ってくるか」 「いい、いい、へーき……みんなよくやるよなぁ……なんでわざわざ外でいちゃつくんだろ」 「寒い外でくっつき合って他人に見せつけて興奮してんのかもな」 「ひぃ……どいつもこいつもすけべやろーが……ウチでやれよ、ウチで……」 つーかさ? 緒方もなかなかのすけべなんじゃ? ぜんっぜん平気そーだし、慣れてるっぽいし? 「緒方さ……彼女と来たことあんの?」 「お前は彼女いんのか」 「……」 「聞き方間違えたな。彼氏いんのか?」 「はぁ!?」 ついつい大声を出し、TPOが脳裏を過ぎったコーイチ、慌てて声のトーンを落とした。 「なんで彼氏だよ、ふざけんな、どーいう意味だっ」 「実は両方いたりしてな」 「いーまーせーん、どっちも一度だっていませんっ、いるわけねー」 「付き合いゼロをそこまで明言できるって清々しいな」 「っ……お、お、お」 「またオットセイの真似かよ」 「違うっ、お、緒方は……? 彼女は……?」 「……」 「っ……だだだっ、だよね、ですよねっ、どっからどう見てもモテそーだもん、いないのが不思議ですよね!」 また大声になっているコーイチに呆れるでもなく緒方は告げた。 「三人いたけどな」 さ、さ、三人? まだ一人目の彼女もつくれてなくて、ウチのパソコンでエロ動画見たくて、でも詐欺とかに引っ掛んの怖いから結局見れなくて、でもやっぱ見たい、でも親にばれたら死ぬ、見れない、俺がそんなこと日々繰り返してる間に三人もの彼女がいたんですか、そーですか……。 でも「いた」って、今、そう言った。 過去形ってことは、今、いない……? 「い……い……今は……」 あれ、なんだろ、心臓が引っ繰り返りそうなこのかんじ。 もしかして俺もうすぐ死んじゃいますか? 「今はーー」 口から心臓がボロリしそうになったコーイチは緒方の回答を咄嗟に遮った。 「や、やっぱいい、プライベートだもん、聞かない聞かない、答えなくていーです」 ……今頃みんなイタリアン食べて騒いでんのかなー。 ……俺、月曜日、怒られっかなー。 ……メール来てたけど読んでないやー。 隣の緒方から意識を飛ばして別のことで頭を満たし、現実逃避に走ろうとして。 「っ……くしゅん!!」 派手にクシャミし、近くにいたカップルがクスクス笑うのが聞こえてきて、コーイチはほっぺたを赤くした。 「そんな寒いのか」 だって、普段出してない太腿、出てんだもん。 この服、あったかニットワンピなんて言ってたけど首とかうなじ丸出しで、あんまあったかくねーんだもん……。 「こうしたら少しはマシになるか」 コーイチが聞き返す暇もなかった。 肩に手を回されたかと思えば有無を言わさず抱き寄せられ、公園を訪れて紅潮しがちだった片頬が緒方の胸に着地した。 あ……あれ……? 緒方って意外と忘れっぽい……? 「えーと、もしもし、緒方さん」 「もしもし、なんだ、コイ」 「もしかして俺が男だって忘れてる?」 コーイチの問いかけに緒方は小さく笑っただけだった。 バスケットボールの扱いに長けた大きな掌に華奢な肩を抱かれ、180センチで細身の筋肉質体型である同級生男子と否応なしに密着して、コーイチは思う。 あの大学生にされたときは何とも思わなかったのに。 緒方だと、なんか、やばい。 熱い。 また体中カッカしてきた。 黙っているとえもいわれぬ緊張が増すだけ増して、爆走する鼓動を緒方に聞かれてしまいそうな気がして、コーイチはあたふた口を開く。 「ど、どんだけ慣れてんだよ、いちゃパにどんだけ通ってんだよ、あ、もう常連ってかんじ? いちゃパでいちゃついてる奴だいたい友達ってかんじ? さっき自販機横でベタベタしてた邪魔くせーバカップルも知り合いーー……」 不意に顔を覗き込まれてコーイチはひゅっと息を呑んだ。 「慣れてねぇよ」 「う……うそだぁ……」 「来たのも初めてだ」 「え……えぇぇえ……?」 視線を絡め取られて硬直しているコーイチの目の前で緒方は囁く。 「今までこんな堂々といちゃついたことねぇよ」 これ以上、見つめ合ってたら、やばい。 脳内で危険信号が点滅したコーイチ、同級生のくせに雄色気を振り撒く視線を振り切って思いっきり顔を背けた。 「あ」 背けた先では……空席のベンチを一基挟んだ向こう側のベンチでカップルがキスしている最中だった。 「ちゅーしてる」 生のキスシーンに免疫のない初心なコーイチはついぽろっと驚きを口にする。 「俺らはしねぇの」 その問いかけが耳たぶに触れると、非常にぎくしゃくとした仕草で顔の向きを変え、肩を抱きっぱなしの緒方を睨んだ。 「その冗談おもろくない」 「冗談じゃねぇよ、コイ」 さっきよりも至近距離で重なり合った視線。 「しねぇの?」 「いや、逆になんですんの? なんで今日会ったばっかのヤローと初キスしなきゃなんねーの?」 「お前、キスもしたことねぇのかよ?」 完全馬鹿にされて膨れっ面になりかけたコーイチの顔に緒方の人影が差した。 「それ聞いてもっとしたくなった」 そして二人の唇の距離はゼロと化した。 ……外で初キス喪失とか、コイちゃん、やばいよ、えろいこじゃん……。 「なんでちゅーなんかすんの」 おもむろに顔を離した緒方をコーイチは睨む。 「こんなの先生っぽくないよ、倫理観どこ行っちゃったんだよ」 胸の奥底からせり上がってくる昂揚感に今にも喘ぎそうになって、ぎゅっと胸を押さえ、高校生にしては鋭い眼に精一杯問いかけた。 顔は離したものの、またすぐいつでも再開できるようキスの姿勢を留めている緒方は女装男子に笑いかけた。 「カラオケの受付前でも絡まれてただろ、お前」 「へ……受付前で……?」 「何歳も年下の奴に声かけられてた」 「っ……それ、おかーさんを探してたこどものこと言ってんの?」 「親切丁寧な対応してたよな、コイ」 「わ、わかんない、そーだっけ、あんま覚えてない」 「すげぇかわいいと思った」 「……」 「フードやドリンク持って行ったとき、置きやすいようテーブル片してくれたな」 「……」 「男だってわかっても、すげぇうまそうにラーメン食うの、堪んなかった」 「っ……や、やめ、それ以上言われたら俺の心臓弾けるっ……っ……っ」 また緒方にキスされてコーイチは……学ランをぎゅっと握りしめた。 「ん……っ」 強張っていた唇を器用な舌先に抉じ開けられ、口内を舐められると、背筋がゾクゾクした。 クチュ……と音まで立てて深々とキスされると脳内で点滅していた危険信号は派手に砕け散ってぶっ壊された。 男同士なのに、今日初めて会ったばかりなのに、三大悪口言われたのに。 外なのに、誰かに見られているかもしれないのに、情けない声聞かれるかもしれないのに。 「ん、ん、ん……っ」 コーイチは緒方とのセカンドキスに夢中になった。 頭の芯が解れていくような甘い夢心地に何もかも溶けそうになった……。

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