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三里は全てを知った。
それまで校内で擦れ違っても視線さえ合わせようとしなかった、かつて想いを寄せていた先輩にメールで呼び出されて。
夕方、校舎の片隅、静かな階段の踊り場。
受験を前にして怖気づいた先輩が真実を偽って阿南から言い逃れようとしたこと。
それを聞いた阿南が……自分に金輪際近づくなと忠告したこと。
三里は深々と頭を下げた先輩を前にして何も言えずにただ思った。
どうして、阿南先生?
翌日、午前中に行われた体育の授業にて。
携帯越しにではなく直接阿南と話がしたいと思った三里、授業が終わったら理由を尋ねてみようと、始終上の空で三限目の五十分を過ごしていた。
昨日は眠れなくて。
どういうつもりで阿南先生が先輩にそんなことを言ったのか、寝返りを打つ度にその気持ちが気になって仕方なくて。
瞼の裏に浮かんでくる寡黙な体育教師のことばかり考えていたら、気が付けば、暗かったはずの外はもう白み始めていた。
チャイムとほぼ同時に授業が終了して体育館をぞろぞろ後にしていくクラスメート。
話しかけるタイミングを探っていた三里は……自分の元へ歩み寄ってきた阿南を強張った顔つきで出迎えた。
「……調子悪いのか、三里」
「え」
「……集中してなかっただろ」
Tシャツにグレーのフードパーカーを羽織って腕捲りし、首から笛を下げ、クリップボードを携えた阿南。
真摯な眼差しを浴びた三里はごくっと喉を鳴らして、上背ある彼を見上げ、言葉を。
「……大丈夫です、何でもありません、阿南先生」
阿南をいざ前にすると極度の緊張に囚われて躊躇ってしまい、結局、その日三里が学校で答えを知ることは叶わなかった。
その日、いつものようにバスケ部の部活指導に当たって、夜七時前後、学校を後にした阿南は。
「……阿南先生……」
アパートの三階角部屋、ドア前の通路で体育座りしていた制服姿の三里に正直とても驚かされたのだった……。
「先輩と話しました」
片づけられた部屋。
明かりを点け、まだカーテンが締められる前に、三里の唇からは今日一日喉奥に詰まっていた言葉が堰を切ったように溢れ出して。
「全部、聞きました……阿南先生に何を言って、何を言われたのか」
カーテンに伸ばしかけた手を止めて阿南は振り返る。
レースのカーテン越しに夕闇に瞬く街並みを背景にしてこちらを見つめてきた阿南に、三里は、目を見開かせた。
「……あいつの元に戻るのか、三里」
大股でやってくるなり片手首を掴まれた。
骨にじわりと凍みるほどの力。
容赦ない痛みに三里は何度も瞬きを。
「答えろ、三里」
でも三里はもう怖くなかった。
以前なら、寡黙な体育教師が何を考えているのかわからなくて、急に乱暴になる振舞にただ怯えていただろう。
でも今は。
予感がしている今なら。
「先生は僕のことが好きなんですか?」
手首を握りしめる大きな手を少女じみた柔らかな手がそっと覆う。
些細な微熱とその言葉に阿南の束の間の暴走は落ち着きを取り戻した。
眼鏡越しに切に自分を見上げる涙ぐんだ双眸と真摯に向かい合った。
「好きだ、三里」
か細い手首を解放した大きな手が次に訪れたのは滑らかな頬の上。
「誰にも渡したくない」
求めていた答えをやっと得ることができた三里は、痛いくらい高鳴る胸に、真っ直ぐに自分を見つめてくる阿南にどう応えたらいいのかわからなくて。
思わず頬に落ちた涙。
それを目の当たりにした阿南は……淋しげに笑った。
違う、違うんです。
阿南先生。
こんなの初めてで、僕、どうしたらいいのか……。
「……すまない」と、呟いて自分から離れようとした阿南を引き止めようと、三里は。
寡黙な体育教師に咄嗟に、初めて、自分からキスを。
「僕……っ……先生のものになりたいです、阿南先生」
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