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九月最後の金曜日、阿南が勤務する小学校では秋行事の一つ、遠足がある。 低学年、高学年と行先が分かれていて、高学年の子供らは大型バスを貸し切って郊外にある森林公園へ。 六年生担任の阿南は一番前のシートに座り、その隣には「酔いやすいから」との理由で窓側に腰掛ける三里がいた。 学校行事はたいてい欠席する三里のことだ、遠足なんて尚更興味がないだろうと、阿南は思っていたのだが。 「阿南先生、あのお花、何て言うの? あ、もう金木犀の匂いがしますね、あのお店初めて見る、最近できたんですね、何のお店かな、食べ物屋さんかな」 来年になれば中学生という年齢にしては少々あどけない話ぶりで、窓の外に何か物珍しいものを見つける度に阿南にぽんぽん質問してくる。 紺地に水玉柄のリバーシブルパーカー、膝丈の半ズボン、真っ白なスニーカー、そして眼鏡。 燦々と降り注ぐ朝陽を浴びていつになく健康的に見える。 阿南を見続けたら勃起する、という症状は治まったようだ。 しかし阿南の持ち物を用いてけしからんひとりえっちに耽る行為は続いているようだ。 「昨日は寝つけなくて、阿南先生にもらったハンカチの匂い嗅ぎながら、僕、夜明けまでずっとお布団の中で――」 「やった覚えはない……なくなったかと思ってたらやっぱりお前が持ってたのか」 物好き生徒とおしゃべりしている内にバスは目的地に到着、清々しい秋晴れの下、整備の行き届いた自然溢れる行楽地で生徒たちは思い思いに遊び回る。 木陰で読書を嗜んだり、スケッチに夢中になる生徒もいる。 「先生、あっちの池、行ってみたい、一番誰もいなさそう」 人気のない場所へ意中の担任を誘おうとするけしからん生徒もいる。 「……俺は見回りで忙しい」 「先生、飴玉、あげる」 「……」 三里が小さな手で差し出してきたのはさも甘そうな苺味、袋を破ればどぴんく色の飴玉。 阿南が口の中に放り込めば、三里、次は自分があーんと口を開けてみせて。 「先生、ちょおだい?」 けしからん生徒の頭を軽く小突く、本日何度目かのため息をつく阿南先生。 お昼になっても三里はく(ひ)っつき虫の如く阿南にべったり。 「……三里、昼、それだけか」 「はい。コンビニで買った塩おむすびいっこ。先生のおべんと、おいしそう」 「……これもコンビニで買ったやつだ、大してうまくない」 「先生、ちょおだい?」 「……」 「わぁ、阿南先生の食べかけお弁当、阿南先生の使ったお箸で食べるの、すっごくおいしいです」 「……そう言うと思った」 楽しい遠足の時間はあっという間に過ぎ去った。 帰りのバスでは半分の生徒がこっくり船をこぎ、行きと比べて随分静かな車中となった。 三里も然り、阿南の隣で、阿南にもたれて、すやすや、すやすや。 遊具で遊んだり走り回ったりはしていないが、確かに今日の彼は珍しくはしゃいでいた、まぁ学校に着けば起きるだろうと、阿南はそう思っていた、のだが。 「……おい、三里」 小学校の校庭に到着して生徒や他クラスの教師や副担任が降りて運転手さんだけが残ったバス車内にて、全く目覚める気配のない三里に阿南は、ため息。 仕方がないのでおんぶしてバスを降りる。 教室へは戻らずに生徒たちは校庭解散、日暮れの迫る夕焼けの下、家へと帰っていく。 三里は相変わらず名前を呼んでも揺さぶっても目覚める気配がない。 夜明け近くまで起きていたと言ってたな……そもそも自慰は体力を使う……こいつはほぼ毎日しているようだったから疲れが溜まっていたのかもしれない。 阿南は三里を自宅まで送るつもりで、車に乗せ、発進させた。 それがどうして自分自身の自宅に連れ帰ったのか。 秋の宵、涼しかった風が肌寒いと感じ始める時間帯、眠りつく小さな生徒をベッドに寝せて、その真上に覆い被さっているのか。 要は無防備過ぎる生徒に成す術もなく発情して邪なココロに惑わされただけの話……。

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