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同人イベントの客寄せを頼まれた三里。 クラスメートが所属するサークルのスペースでメイドコスプレをして立っていればいい、と説明を受け、実際その通りに笑顔を浮かべるでもなくお人形さんのようにじっとしていた。 「……バイトは基本許可されてはいるが」 ぶっちゃけ目立ってしゃーない。 「……なんで着替えてこない」 「阿南先生に見せたくって。今までのコスプレで一番似合ってません?」 これまで猫耳、ショタ弟、女子高生(中学生)コスプレをしたことがある三里、上目遣いで阿南に問いかけてきた。 ぶっちゃけ確かに一番似合ってはいる。 「……さぁな」 はぐらかす体育教師、しょうがない、阿南先生はそういう性格なのだ。 そんな素っ気ない反応に不満そうにするでもなく人前でゴロゴロしてくる三里。 ……こんなに派手な恰好だと生徒に見つかりかねな、 「あ!三里くん!」 「今日はほんっとうありがとう!」 阿南はさり気なくキャップを目深にかぶり直して可能な限りそっぽを向いた、三里はそんな体育教師の腕にしがみついたまま声をかけてきたクラスメート女子を見る。 「完売御礼、こんなの初めてだよ!」 「またお願いしてもいいっ?」 「うん」 「「やったぁぁぁあ!!」」 「この服、クリーニングに出してから返す」 「いーよ、あげるあげる」 「三里くん、その人って……?」 大荷物のクラスメート女子二人は三里がしがみついている阿南に興味津々だ。 私服のシャツにカーゴパンツ、キャップを目深にかぶっているとはいえ至近距離で見続けられたらアウトだ。 精一杯顔を逸らしている阿南をちらっと見上げ、三里は、答えた。 「僕のお父さん」 「……せめて兄にしてくれ」 簾で仕切られた焼き鳥屋の掘りごたつ席。 カウンターから哄笑が聞こえてくる中、ちょっとだけ傷ついた阿南は三里にぼそっと文句をぶつけた。 「エビマヨおいしいです」 オレンジジュースを飲みながら一品料理ばかり食べる三里。 ハツや砂肝の串料理をばくばく食べていた阿南は肩を竦める。 予約していたこの店に到着するまで、街中でも、三里は目立ってしゃーなかった。 外国人観光客に写真撮影まで頼まれるほどだった。 「エビマヨ、もういっこ食べていいですか?」 「……全部食っていい」 「わぁい」 「……長袖で暑くないのか」 「冷房強いから丁度いいです」 通気性に欠けていそうなメイド服で平然と食事を進める三里を向かい側にし、阿南は、一杯目の生ビールを空にした。 「すみませーん、生一つ」 「……お前が注文すると誤解を生む」 「またエビマヨ頼んでいいですか?」 「……何皿でも好きなだけ頼んでいい」 「隣行ってもいいですか?」 会社帰りと思しき中年層が客層を占める焼き鳥屋の座敷でゴスロリ女装男子と並んで座る。 傍目にはどんな男に見えているのか。 「……好きにしろ」 どうでもいいか。 三里が楽しいのなら他人にどう思われようと。 「わぁい」 箸を乗っけた小皿とオレンジジュースのグラスを両手に持って三里は阿南の隣にいそいそやってきた。 「はい、先生、あーん」 「……串が喉に刺さるからやめろ、三里」 食事を終えた二人。 傍らに置いていたキャップをかぶって阿南が会計に向かおうとしたら三里に追い越された。 「今日は僕が出します」 もらったばかりの報酬を三里が封筒から取り出そうとしている。 阿南はすかさず止めた。 しかし彼は頑として譲らなかった。 「僕、決めてました」 客寄せとか、めんどくさいから断ろうって思いました。 でも阿南先生にご馳走できるって考えたら「あ」って思って。 「生まれて初めてもらったお給料、先生のために使いたかったんです」 そう言って人生初となるお給料をほぼ使いきった。 「えーと、あと……ジュースが一本くらい買えます」 「……三里」 「甘いの飲みます? アイスクリームでもいいですけど」 「三里」 店を出て人の往来が絶えない路地で向かい合った二人。 封筒の中でじゃらじゃら音を立てる小銭を数えていた三里は顔を上げた。 目の前に差し出された大きな手。 「……馬鹿、違う」 封筒から小銭をじゃらじゃら掌に落とそうとしたら止められた。 「コーヒー牛乳買えますけど」 阿南は首を左右に振った。 キョトンしているゴスロリメイド三里に対し、絶対、自分から一生及ばないはずだった行為に及んだ。 「あ」 手繋ぎ。 力強い手に華奢な手をぎゅっとされて。 人いきれと夏の熱気がこびりつく夜の真ん中で三里は阿南の温もりに溶けそうになった。

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