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26-孕パラレル番外編-魔王様の花嫁になってあげる
■最終的に三里が孕んじゃいます
疫病という名の死神が世界全土に慈悲なき刃を振り回していた。
「お前は魔女だ、憎むべき穢れだ」
一つの町で日常茶飯事と化した魔女裁判が行われようとしている。
「男をそそのかし、金と欲に溺れた、お前は悪魔と同じ呪われた存在だ」
三里は他人事のように殺気立つ群衆を眺めていた。
町の広場、自分自身が魔女として裁判にかけられているにも関わらず、恐れるでも怯えるでもなく退屈そうに血走る眼を見回していた。
そそのかした?
相手は微々たる小銭を払って僕を買ったんだけどなぁ。
あの人や、向こうにいる人だって、あ、そっちにいる人もそうだ、みーんなしょーもない言葉で僕のこと嬉しそうに罵りながら発情期の犬みたいに腰振ってた。
ま、いーや。
別に僕が死んだって誰も悲しまないし。
あ。
でも、あの人は。
違う、あの人じゃないか。
人間じゃない獣の彼に「あの人」だなんておかしいよね。
「火あぶりにしろ!」
三里が「あの人」と出会ったのは数日前のことだった。
孤児院出の三里は町外れにある廃屋に住みつき、夜な夜な男相手に体を売っては必要最低限の糧を得、ひとりきりで細々と生活していた。
次から次にこどもが死神に攫われ、魔女狩りが横行し、いつか自分も狩られるかもしれないなぁ、とやはり他人事のように思いながら日々を生きていた。
夜明け前だった。
日が昇ると町の人々がわらわらやってくるので、彼らの邪魔にならないよう、細い迷路じみた裏路地を進んで静まり返った広場に出、井戸の水を汲みにやってきた三里は。
「あ」
彼に出会った。
浮彫の施された井戸の傍らに佇んでいた獣に。
夜をうっすら引き摺る刻、海の中のような蒼茫たる空気に一点の闇。
黒馬だ。
立派に伸びたたてがみに尾、ベルベットさながらに艶めく肢体が猛々しいくらいに熟しきった、雄の成馬。
何とも力強そうな四肢の蹄。
澄んだ黒色の眼。
三里は思わず「きれい」と呟いた。
こんな馬、初めて見た。
農耕馬にしては毛艶が優れてる、だけど田舎町で乗馬を趣味にしてる金持ちなんていたっけ。
桶を手にした三里が歩み寄っても黒馬はじっとしている。
近くで見ると気圧されるほどの迫力だ。
「お水飲みたいの?」
マイペース三里が地下水を汲んで桶を掲げてやっても飲もうとしない。
黒く澄んだ眼差しでただ見つめてくるばかり。
「撫でてもいい?」
そう一言断って三里が手を差し伸べようとしたら。
少女じみた柔な掌に自ら擦り寄ってきた。
昔から喜怒哀楽に欠けていて表情に乏しい三里だが、この時ばかりは相好を崩した。
「すべすべ。きもちいいね」
「……」
「僕、三里。貴方はきっとどこか遠いところから来たんだよね」
田舎町どころか荒んだこの地上に似つかわしくない美しい黒馬。
一目見た瞬間、三里は魅入られた。
「疲れてない? 僕の家、来る?」
そう問いかけると黒馬はブルルッと鼻を鳴らした。
三里が歩き出すと隣に寄り添ってきて。
カツ、カツ、静寂に小気味よく鳴らされる蹄の音。
「汚くてごめんね」
雨が降れば雨漏り必須の今にも崩れ落ちそうな小汚い三里のおうち。
それからの数日間を黒馬はそこで過ごした。
「ほら、にんじん」
「……」
「あれ。食べないの?」
妻子がいる男にスパンキングされて得た金で買ってきたにんじん。
三里が延々と差し出し続けていたら黒馬はもそもそ食べた。
まるで根負けしたような。
背伸びした三里が雄々しい馬首に抱きついてもじっとしていた美しい黒馬。
あんな時間を過ごしたのは生まれて初めてだった。
短くても、記憶に深く刻み込まれた、優しくてあたたかな数日間だった。
「……あつい……」
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