107 / 138

26-2

すぐそばで燃え広がる炎。 木の十字架に幾重にも縄で縛りつけられた三里はつい声を洩らした。 狂気漲る雄叫びが周囲で渦巻いている。 足元から立ち上る煙。 息苦しくて止め処なく湧き上がる涙。 濡れた視界はもうじき火の波に埋め尽くされる あ。 でも。 せめて。 ちゃんと「あの人」とお別れができればよかった、か、な。 三里に炎が燃え移ろうとしてした、その時。 五感を戦慄かせるような咆哮の如き(いなな)きが広場の熱狂を貫いた。 無我夢中で至った凶行に我を忘れて釘付けになっていたはずの群衆が振り返れば。 白昼にしてそこに闇があった。 黒馬だ。 前脚を虚空へ高く振り上げて地の底から轟くように咆哮した彼は。 想像も及ばぬ跳躍力で愚かなる群集を飛び越えて。 燃え盛る十字架の元へ微塵の躊躇もなしに火の粉を散らして飛び込んだ。 「悪魔だ」 恐怖の余り凍りついた群衆の目の前で黒馬は縄を一瞬にして噛み切り、三里を背に乗せて炎の中から救い出した。 心臓を握り潰されるような途方もない憤怒を叩きつけられて、ただ慄然と竦み上がる他ない人々。 殺される。 皆が同時にそう思った、次の瞬間。 弱々しい声が黒馬の背で奏でられた。 「もう……いいよ……」 「……」 「行こう……? 貴方の住む場所へ……連れていって……」 そこで三里の意識は完全に途切れた。

ともだちにシェアしよう!