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一階の居間で阿南は性フェロモンだだ漏れ三里に擦り寄られていた。 立派な黒色の立ち耳、短髪、黒のアイパッチ、首元にはドッグタグネックレス。 半袖シャツに迷彩ズボン、ミリタリーの紐ブーツ、軍用イヌミミとして活躍していたときと変わらない出で立ちの阿南に。 お風呂あがりでシャツ一枚の三里は大胆に乗っかる。 「交尾ぃ……」 前の甘え方とは違う、れっきとした媚び。 下半身を脅かす性フェロモンの誘惑。 寸でのところで阿南は耐える。 ……これは三里じゃない。 ……発情に狂わされて、誰でもいい、交尾相手に飢えた本能の虜。 そんな三里と繋がりたくはない。 体は満たされても心は虚しいだけだ。 「三里……寝るぞ」 「交尾はぁ……?」 「しない」 「なんでぇ……じゃあ、緒方とコーイチのとこ、行くぅ」 「……二人の邪魔をするな」 自分の膝上から退こうとした三里を抱きしめて引き留めた。 猛烈に押し寄せてくる性フェロモン攻撃に耐え忍び、ぱたぱたネコミミを撫で、落ち着かせる。 「うにゃ」 胸板にごーろごーろ頬擦りする三里に、兎にも角にも耐える阿南、さすが元軍用イヌミミ、精神は相当強靭に鍛え抜かれているらしい。 徹底して無表情でいるのに反して立派なイヌミミはぴくぴく悶絶していたが。 そうしてやっと。 「三里、ねこじゃらし、ほらほらっ」 「ぅにゃっ」 「今日はシチューにすっからな、三里は初めて食うだろ」 「しちゅー」 発情期を脱して元に戻った、ただただカワユイネコミミ三里にコーイチと緒方は普通に構うことができるようになった。 「じゃー行ってきます!」 「行ってくる、阿南」 晴れた平日の朝、玄関で飼い主を見送った阿南は居間へ戻った。 三里はお気に入りの場所である隅っこでゴロンして日向ぼっこしている。 「ぅ~~~」 気持ちよさそうに伸びをしてゴロ、ゴロ、ゴロ。 庭で飛ぶ蝶の影に無邪気にじゃれついている。 阿南は小さく笑うと後片付けのため台所に立った。 『今の三里、何とかならねーの!? 目に毒なんだけど!!』 コーイチはああ言っていたが。 俺にはいつだって甘い柔らかな毒だ。 「にゃ」 すでに気配を察していた元軍用イヌミミ。 背中にぎゅっと抱きついてきた三里を肩越しに見下ろした。 「手伝うか、三里」 三里が首を左右に振ったので阿南は苦笑した。 阿南お古のシャツに短パンを履いた三里は縋り甲斐のある背中に頬擦りして、言う。 「交尾」 蛇口を捻ろうとしていた阿南の手が空中で止まった。 「交尾、阿南と、したぃ」 発情期を脱したはずの三里は眼鏡越しにじぃぃっと阿南を見上げて強請った。 「……発情期は抜けただろう、三里」 「阿南としたぃの」 「……」 「阿南、イヤ……?」 背中の匂いをスンスン嗅ぎながら問いかけてきたネコミミに、イヌミミは……。

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