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文化祭終了を告げる放送が学内に鳴り渡った。 一般客は徐々に去り行き、生徒らは掃除に追われ、風船を割る音が校舎の至るところで連発した。 打ち上げを前にして朝から昂揚感を保ち続けるクラスメートを余所に、終礼が済むと、三里はさっさと教室を後にした。 いつになく重たく感じられる下半身の鈍痛を持て余し、癖のない黒髪の先を風に遊ばせて夕刻の帰り道をのろのろ歩む。 「やっぱり三里がいてくれないと」 歩道橋の真上で男は三里を待ち構えていた。 うそつき、と心の中で呟いて、三里はどうしたものかと他人事みたいにぼんやり考えた。 男が握りしめる大型のカッターナイフが夕焼けに鈍く煌めいて、きれいだなぁ、なんて呑気に思ったりなんかした。 「三里」 前下がりの黒髪を靡かせて三里は振り返った、無視できない懸念に促されて後を追ってきた阿南が丁度階段を登り終えたところだった、地上を満たす西日を交えて二人の視線は繋がった。 阿南と男は同時に踏み出した。 歩道橋のほぼ中間地点に立っていた三里は迫り来る彼らを交互に見やった。 三里は迷わなかった。 「やめて」 足元から響く車の走行音、クラクション、灯り始めたヘッドライト、舞い上がる排気ガス。 「阿南先生のこと傷つけないで」 男の前に立ち塞がった三里は阿南を目指していた刃を両手で掴んで食い止め、痛みに顔を歪めるでもなく、外敵と定めた相手を見据えた。 「また傷つけたら、あなたのこと、壊す」 男は小さな悲鳴を上げた。 自らカッターナイフを手放すと危なっかしい足取りで歩道橋を駆け下りて走り去っていった。 「三里」 「あ、先生。僕のこと尾行してたんですね。刑事さんみたい。ぜんぜん気づきませんでした」 「お前、手を」 「え?」 「手を離せ」 三里は阿南に言われて気がついた。 目一杯引き出されたカッターナイフの刃を両手で全力で握り締めたままでいることに。 「えっと。どうやって離せばいいですか?」 三里に問いかけられた阿南はその場に跪いた。 容易には静まりそうにない動悸の音色をこめかみで感じつつ、硬直した小さな両手に大きな両手を静かに重ね、刃に絡みついた指を一本ずつ慎重に解いていった。 「警察、どうする」 「行きたくないです」 「野放しにしていいのか」 「別に。僕のところにまた来たら、その時は考えます。先生のところに行ったら、僕、あの人の心ごと壊します」 「……そんなことしなくていい」 急がず焦らず三里の手から男の醜い狂気を取り外した阿南は、パーカーのポケットに仕舞い、通行人が途切れていた歩道橋の真上で自分の盾になった生徒を抱き寄せた。 「ありがとう、三里」 三日月が地平線に口づけし、秋夜の両腕に地上も抱擁されゆく中、鮮やかに目覚めた想いに阿南は深いため息を零した。

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