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七月後半、他校とほぼ同じタイミングで三里の通う高校も夏休みを迎えた。 受験やら就職やら重要な選択を控え、多くの三年生らが何かと忙しい正念場となる高校最後の夏に挑もうとしている傍らで。 「これとこれ」 二時間近くバスに揺られ、都心から離れた郊外までやってきた三里は、駐車場がだだっ広いコンビニでアイスクリームを箱買いした、しかも二つ。 「ありがとうございました~」 冷房の効いた店内から昼下がりの直射日光が容赦なく降り注ぐ外へ。 やたら大型トラックが快速に走り抜けていく海沿いの国道。 ガードレールの向こうには鈍く光る海原、一方、車道を挟んだ反対側には山林が鬱蒼と方々に広がり、麓には小規模な水田や溜め池がちらほら、住居が点々と建つ集落があった。 長閑な片田舎の風景へ迷わない足取りで三里は飛び込んでいく。 夏休みになってもやっぱり白の半袖シャツにスラックスという制服姿で、トートバッグを肩から提げ、コンビニ袋をガサゴソ言わせて舗装されていないデコボコ道を進んだ。 青と白のコントラストがはっきりした夏空。 アゲハチョウが優雅に舞い、数多のトンボが忙しげに行き来する。 人気のないデコボコ道は蝉時雨で常に喧しかった。 体感温度が狂っているため汗一つだってかかず、コンビニから五分ほど歩いて、三里は一軒のおうちの前で立ち止まった。 ブロック塀とアルミフェンスを合わせた外構、その内側に建つこぢんまりした平屋の木造住宅。 四方向に傾斜面のついた寄棟屋根、壁はワントーンのグレーカラーで落ち着いた外観だ。 敷地内の駐車場には午前中に洗車されて眩しげに光沢を放つ車が一台停められていた。 段差を上った三里は門扉を開け閉めし、玄関ポーチに立つと、チャイムを鳴らした。 数秒後、何の挨拶もなしにガチャリと開かれた黒いドア。 裸足で玄関床に降り立って取っ手を掴んでいる阿南に出迎えられ、三里は、開口一番に告げる。 「お嫁にきました、阿南先生」 「……お前、この家に来る度、毎回それを言うんだな」 築十五年、部分的にリフォーム済みの駐車場付き中古物件を、浪費からは縁遠く地道に貯蓄していた三十代体育教師が現金一括購入したのは半年前のことだった。 間取りが2LDKである室内はどの部屋も整理整頓されていた。 というより物が少なく無駄に散らかることがないのだ。 「こんなに買ってきたのか」 「先生、いつもぺろっと食べてます、ごはん食べたら一本、寝る前に一本、食べてるもん」 全体的に無垢材を使用した落ち着きある木目のリビングダイニング、対面式キッチンに向かった阿南にそう言い返し、隣接する和室へまっしぐら。 靴下を脱いで、隅に放り投げ、三里は新調されて間もない畳の上に横向きにごろんと寝転がった。 「阿南先生の新しいおうち」 もう何回も来てるけれど、何回来ても、楽しい。 「疲れたか」 三里が買ってきてくれたアイスを早速開け、両手に一本ずつ持ってやってきた阿南先生。 リビングダイニングに設置してあるクーラーの冷気が入るよう襖を全開にし、三里のそばに座り込んだ。 「……迎えに行くのに」 「往復四時間です、それって申し訳ないです」 「……アイス、ありがとうな」 阿南にバニラ味のアイスバーを差し出され、寝転がったまま受け取ろうとすれば。 「座って食べろ」 すかさず注意されたので、もぞもぞ起き上がってあぐらをかいて、受け取った。 夏休みに入って初めて迎える日曜日。 バスケの部活動は休みであり、掃除洗濯洗車自分の水浴びを済ませた阿南は黒の半袖シャツにハーパン姿で、あっという間にアイスを食べた。 「バスに乗って来るの、好きなんです」 三里はまだ半分もアイスを食べていなかった。 「もちろん先生の車で送ってもらうのも好きですけど。一人掛けの後ろのシートに座って、窓の外の景色がコンクリート色から緑や青の色に変わって、他のお客さんはどんどん降りて、車内はどんどん空いていって」 これから会う阿南先生のこと考えながらバスに乗ってるの、好きなんです。 日の光に透ける閉ざされた障子窓。 悠々と庭を横切っていく蝶のシルエットが白い障子紙に時折写り込んだ。 「……三里、溶けてるぞ」 食べるのが遅く、溶け出した三里のバニラアイス。 持ち手となる木製のスティックから指先へ無残なアイスクリームの成れの果てが伝い落ちていく。 「あ、ほんとだ」 年中黒短髪の阿南は三里のか細い手首をとり、自分の口元へ。 アイス本体ではなく甘く濡れた指先に唇を。 「先生に指食べられてる」 自分の指を舐める阿南に、眼鏡奥の双眸をもうとろんとさせ、三里は今にもアイスバーを落っことしそうになっている。 「コッチは食べちゃだめです」 そう言って左手を翳してみせた。 薬指には阿南にもらった指輪が光っていた。 「指輪以外なら僕のぜんぶ食べちゃっていいです」 阿南は一先ず三里の食べかけのアイスバーを二口で食べ切った。 寝室代わりにしている四畳半の和室、隅っこに置いてあるゴミ箱にスティックを投げ捨て、そして。 正真正銘、バニラ味の甘いキスを愛しの生徒に捧げた。

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