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「いつもごめんね、池澤くん」
ボクの『親友』の母親は、困ったように微笑んだ。
「いえ、いいんです。好きでやってる事ですから」
ボクはそれに微笑み返す。
我ながら爽やかで完璧な笑みだ。
今のボクは360度どこから見ても完璧な好青年だ。
「ありがとう、じゃあよろしくね。
お茶用意するわね」
おばさんはそう言うと、ボクに背を向けこの家のリビングへと消えた。
ボクは目の前にある部屋の扉を数回ノックして、それからその扉を戸惑いなく開ける。
「こんにちは」
「うわっ!?」
椅子に座って背を向けていた男が、ボクに気付いた途端肩を大きく跳ねさせて、それから慌てて立ち上がった。
「……っ、ま、また来たのかよ!?」
「……うん」
この男の名前は『丹下 光』。
ボクの幼なじみだ。
同じ学校へ進学したはいいものの、クラスに馴染めず不登校となっている。
ボクは一週間に一度光の家を訪ね、授業で取ったノートや使ったプリントなんかを渡している。
「も、もう来なくていいって何度言ったら……!
て、ていうか、勝手に入って来るなよ!不法侵入!!」
「ノックはしたよ」
「ヘッドホンしてたから聞こえない」
「今日もノートとプリント持ってきたから……」
「フンッ……いつもいつも、余計なお世話だ」
光にノートとプリントを差し出すが、彼はそれを受け取ろうとはしない。
仕方ないので勝手に机の上に置いた。
これでも光だって昔は一応学校へ行っていたのに、どうしてこんな事になってしまったのか。
光が学校を休みがちになったのは、中学二年生からだっただろうか。
高校へ入ってからはほとんど来なくなってしまった。
「あのね、光。来月、修学旅行があるよ」
「だ、だからなんだよ」
「今日ホテルの部屋割りを決めたんだ。
ボクと光、同じ部屋にしといたからさ、行こうよ、修学旅行」
「い、行くわけない、だろッ……」
「修学旅行だよ?高校の修学旅行は一回だけなんだよ?」
「い、行かないって……」
「なんで……」
「しつけぇな!!俺は行けないんだよ!
俺、鬱で不安障害だし、不眠症だってあるし……
外に出るだけでキツイんだ!旅行なんて無理に決まってるだろ!
なんでお前は俺のそういうとこ、理解してくれないんだよ!
これだから俺はお前が嫌いなんだ!!」
――出た……。
コイツの悪いところが全部出た。
光は卑怯で、そして可哀想だ。
コイツは病気を免罪符にして、それを学校を休む理由にしている。
言い訳にしている。盾にしている。
本当はただ怖くて外に出たくないだけの癖に。
精神疾患だと診断された時、君はさぞかし安心したんだろうね。
『俺が外へ出られないのは、自分のせいじゃない。病気のせいなんだ』って。
自分がダメなのを全部病気のせいに出来るって。
ああ、なんて卑怯で、ずるいんだろう。
だけどボクは、そんな君がだいすきだよ。
「とにかく、俺は行かねぇから!!
もう余計な事しないでくれ!!」
「…………分かった、ごめんね」
「…………っ」
「じゃあボクは帰るね」
光は何も言わなかった。
何も言わずにただ不安そうな表情を浮かべている。
その表情はどこか名残惜しそうにも見えた。
「じゃあね、ばいばい」
「さ、さっさと帰れクズ!もう来るなよ!!」
僕は光の部屋を後にした。
「あら、池澤くん、もう帰るの?」
「あ……」
光の部屋を出た途端、光の母と鉢合わせる。
「お茶淹れたのよ、飲んで行ったら?」
「すみません、帰ります。
光、あまり体調良くないみたいなので……」
「そう?いつもありがとう、また来てちょうだいね」
「……はい」
「光も池澤くんにだけは心を開くから……」
「はい……」
――心を開く、か。
まあそうだろうね。
光はあんなだけど、寂しがりやで臆病なだけだから。
光は自分に自身がなくて、他人を信用できない。
裏切られるのが怖いから、他人を信用しようとしない。
嫌な目に遭いたくないから、他人と関わりを持ちたがらない。
だけど本当は、誰よりも他人からの愛を求めている。
そんな光が、どんなに突き離しても甲斐甲斐しく自分の世話を焼き続けるボクの事を好きにならないわけがなかった。
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