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Ⅰ:終

「っ!? やめろ! 離せよ!」 「ムリムリ、アンタこの飲み会のメインなんだからさ」 「逃げられちゃ困るんだよね」  近くに座っていた奴らが一斉に俺を捕まえる。何とかして逃げようと暴れるが、まさに多勢に無勢であっという間に後ろから羽交い絞めにされた。そうして気づけば目の前に清宮が立っている。 「伊沢くん、俺のこと知ってる?」 「は…?」 「俺〝キヨミヤ〟っていうんだけど。聞いたことないかなぁ、Domの間じゃ結構有名なんだけど」 「……きよ…みや」  きよみや。きよみやきよみやキヨミヤ…清宮? カチンと何かが嵌った音がした。 「〝switch〟の…清宮…?」 「あ、やっぱ知ってたぁ?」  目の前の男が笑った途端、ゾッとして全身が寒気に襲われた。 「嫌だ!」  イヤだイヤだイヤだ、嫌だ!! 殆んど反射で叫んでいた。  清宮と言えば、確かにDomの間では有名な名前だった。そう、同属堕としのDomとして。  Domの中には稀に、相手のD/S性を逆転させてしまう力を持つ者がいる。その力のことをD/Sの間では〝Switch(スイッチ)〟と呼んでいて、自分の大切なSubを守るために敵対したDomに対して発動させたり、ぐずって言うことをきかないSubにお仕置きとして使うのが一般的だ。だが、この清宮という男の使用用途は全く違っていた。  Switchを使う相手は必ずDomで、堕とした後は自身のペットとして暫く傍に置く。しかしその間、パートナーの証である首輪を与えることはなく。散々遊んで飽きれば即切り捨てると専らの噂だ。それだけならまだマシだが、恐ろしいのはその後だ。  こいつに堕とされたDomは皆、二度と元のDomに戻れなくなる。命令され、支配される喜びと快感を忘れられなくなるのだという。そのうえ奴らは清宮を恨むどころか、パートナーにしてくれと泣いて縋って、ずっと纏わりついているらしいのだ。 「嫌だ! 俺はお前の犬なんかにならない!」  俺がそう叫ぶと、清宮の周りが大ブーイングする。  お前には犬がお似合いだとか、さっさとオモチャにして貰えだとか、投げられる言葉は酷いものばかりだ。  一応、激しい非難をあびる程度に酷いことをしてきた自覚はある。あるが、だからと言って折角のDom性をSubへ変えてまで償いたいとも思わない。例えそれが、一時のことであったとしても。  その場の全員に注目される中で子供みたいに嫌だと叫んで暴れていると、清宮が俺の頬にヒヤリとした手を添えた。 「なぁに、そんなにイヤなの?」 「嫌に決まってんだろ!!」 「う~ん、そっか。嫌なのか。でも、そうだなぁ……うん、却下!」 「何でだよ!?」 「…だってぇ、」  だってさぁ。  清宮の手が頬を滑り、指を俺の唇に引っかける。ぷるん、と唇が揺れた。 「俺、何か君のこと気に入っちゃったんだよね。…涙が枯れるまで滅茶苦茶に泣かせて、その後たぁ~っくさん可愛がってあげたいなぁ」  ねぇ、ダメ? とにっこり笑った清宮の瞳から、どろりとした欲が静かに溢れ出した。  目の前がぐるぐると渦巻いていて気持ちが悪い。気付けば俺は、床に座り込んでいた。  清宮が発する言葉が頭の中でぐわんぐわん響いて、何を言っているのかイマイチ理解できない。理解できないのに俺の躰は鈍くも勝手に動いて、周囲を大きく沸かせていたようだ。だが、それもいつの間にか静かになっていた。  甘い香りが充満する場所に連れ込まれ、柔らかい場所へ転がされる。今にも爆発しそうな熱を持て余した俺は、泣きながら何度も同じ言葉を繰り返していた。 『お願い、赦して、お願い、お願い、もう無理、お願い、赦して清宮…』  ドロドロに溶かされた頭では、その言葉になんの意味があるのかも理解できていないのに。清宮が「あと少しだよ」なんて言うから、我慢を強いられるその先に、ほんの少しゴールが見えた気がして嬉しくなった。熱が更に上がる。  泣き疲れぐったりとした俺が喉元を晒せば、清宮にそこを噛まれ、舐め上げられて快感に震える。  自分がいまどうなっているのか、何をされているのか、相変わらず理解できないままだった。ただ分かるのは、清宮の命令に従えば従うほど躰の中が熱くなって苦しくて、でも、それが酷く気持ちが良いってこと。  長い長い我慢の時を乗り越え漸く熱の開放を許されたその後から、俺の意識は遂にあやふやになった。  そうして意識を取り戻した俺が、一番初めに見たものは…。    真っ赤な咬み痕の上から漆黒の首輪を着けられ、浴槽の中で優しく清宮に抱きしめられた、己の姿だった――― END

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