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Ⅱ:5
闇に響き渡る悲鳴は、男が意識を手放したところで漸く止んだ。
あれ程騒いでいたのに辺りは人気がないまま静寂を取り戻し、俺は引きずられるようにして清宮の家へと連れ攫われた。
相変わらず甘い匂いが充満するその部屋は、綺麗に片付き過ぎていて生活感がない。だがそんな部屋で俺は数日前、確かにこの身を焦がして清宮と蕩けるような快楽を追いかけたのだ。
「清宮…」
呼びかけに振り向いた清宮は、笑っていなかった。
「悪い子だなぁ、他のDomにSubの顔を見せるなんて」
「へ…」
投げ捨てるようにソファに身を沈めた清宮を、ただ呆然と見下ろす。
「Domの顔を捨てるのは俺の前だけだよ、伊沢くん。それ以外は今まで通り、Domでいなきゃ駄目だ。君は俺のパートナーなんだからさぁ」
それとも、常にみんなのSubでいたいの? なんて酷いセリフに、俺は遂に清宮に噛み付いた。
「ふざっけんなよ! さっきの野郎はお前の不始末だろ!? 遊び歩いてたツケってやつだろうが! 何で巻き込まれた俺が怒られるんだよ!? そもそも、」
そもそも、俺はお前と契約したつもりなんてない。その言葉が、清宮の怒りに完全に火を点けた。
「俺、無理強いは嫌いだし、脅しなんてもっとしたくなかったんだけど」
ガラスのテーブルから拾い上げたリモコンで何かを操作する。以前来た時と同じように沈黙を保っていたでかいテレビとレコーダーが、清宮の指令で唸りをあげて息を吹き返した。そうして色を取り戻したモニターにデカデカと映し出されたのは、あられもない声を上げて清宮に褒美を強請る…俺。
「なっ、」
「この間の伊沢くん、よく撮れてるでしょう? あれから毎日おかずにしてんの」
一糸まとわぬ姿で床に這い蹲り、清宮の足をべろべろと舐める犬。その犬の股間は根元を真っ赤な紐で縛られ、痛々しいほど腫れ上がっている。それでも堪えきれぬ蜜は鈴口から溢れ出し、塵一つない鏡の様なフローリングに、はしたなく水溜りを作っていた。
『どうする、伊沢くん。怖いならここで止めても良いんだよ? いま自分で紐を解けば、プレイは終わるから』
『あっ…あぁ、あっ、ま…だ、まだ…』
『可愛いなぁ、上からも下からもヨダレ垂らしちゃって。めちゃくちゃ苦しそうだけど、まだ我慢するの? そんなにご褒美が欲しい?』
『ほし…ぃ、イ…かせ、て…』
『そっかぁ~、俺にイかせて欲しいんだぁ? じゃあ足だけじゃなくて俺のコレも舐めてくれるかな。気持ちよくさせてくれたら、今度は俺が伊沢くんを気持ちよくさせたげる。最高の快楽を君にあげるよ』
言うが早いか、俺は清宮の猛ったソレにかぶりついた。まるで飢えた獣のようだった。
「う"ぇッ、」
信じられない自分の姿に思わずえずくと、清宮が喉を震わせ笑った。
「俺とこんなことしたの、伊沢くん覚えてないよねぇ。完全にトんでたもんねぇ?」
「おま…ふ、ふざけ…」
「ごめんねぇ? 完全に意識飛ばすの、俺も不本意ではあったんだけどさぁ。でも君、あの時意識残しておいたら逃げたでしょ」
「当たり前だろッ!!」
俺はDomだ。誰が好き好んでSubに堕ちるってんだ。
「お前っ、やっぱ頭オカシイわ! さっきのアイツのアレだって、おまっ、わざとswitchしないで苦しめたろ!」
「おかしくない。報復なら当たり前のことだよ」
「当たり前じゃねぇし!」
「へぇ? パートナーを傷つけた相手を叩くことが、Domとしてオカシイって言うの? じゃあ、君の今までやってきたことはどうなの」
「は…」
「君も俺と同じように、パートナー契約を結ばず遊んできたはずだ。そのうえ伊沢くんの場合、Safe wordは無視するし、相手が嫌がる奉仕を強要させてた。オマケに自分が満足したらご褒美無しで放り出すなんて、ねぇ…、俺と君、どっちが非道かなぁ?」
それを掘り返されたらぐうの音も出ない。
「俺、君の嫌がることは一つもしてないよ。命令は全部、伊沢くんに最高の快楽を与える為の前戯だ。ほら、ちゃんと見て?」
指さされたその先で、俺は、後孔に清宮の指を受け入れていた。
『あっ、ぁっ』
『はぁ…、伊沢くんの中は熱くて柔らかいねぇ。ここ、触って欲しかった?』
小さく頷く俺を見て、恍惚とした表情を浮かべ清宮が笑う。
『良い子だったね、ご褒美だよ。伊沢くん、いくよ…?』
『はっ…ぁ、ンあぁあっ!』
痛々しく腫れ上がったままの俺から、ビショビショに濡れた布を漸く解く。同時にぐちゅんっ、と音を鳴らして清宮の指が勢いよく中に入った。その途端、俺の股間から白濁した液が爆発を起こしたように飛び出した。
『あれ、我慢させすぎたかなぁ』
徐々に勢いはおさまってきたものの、蛇口が壊れたようにドロドロと体液をながし続け尾を引く射精感に、画面の中の俺が嗚咽を漏らした。
『うっ、うぅ…ひっ、うっ』
『大丈夫? 苦しい?』
『…き…よ…みや』
『うん?』
『もっ…と、さわってぇ…』
清宮が大きく唾を呑み込んだのが、画面のこちら側からでも分かった。
『今のは伊沢くんが悪い』
『ひあっ!? あっあっあっ! ああぁああぁ―――…
中に入れた指が増やされ凄い速さで抜き差しし始めたところで、画面は真っ黒になった。清宮がリモコンを放り投げる。
「今から伊沢くんに二つ、選択肢をあげる」
まず一つ、と人差し指を立てる。
「何もしないで、今すぐここから帰る。ただしその場合は、今の映像を動画サイトに流させてもらう。勿論、伊沢くんの大学のネット掲示板にも流す」
「はぁ!?」
「伊沢くんを憎んでる奴って多いんでしょ? 輪姦(まわ)されるかもね。俺、手に入らないならいっそ壊しちゃえ派だからさぁ、助けなんて期待しないでね?」
「は…」
それから二つめ。
「俺とパートナーになったことを認めて、今からお仕置きを受ける」
「なぁあ!?」
「パートナーとしてお仕置きをちゃんと受け入れるなら、動画は俺のおかずになるだけ。ネットに流したりしない」
「消せよっ!!」
「分かった、消したげる。それに、この間みたいに全部意識を飛ばすような酷いswitchのかけ方はしない。ちゃんとSafe wordも決めるし、痛いことは絶対にしないって約束する」
で、どうする? 清宮は立てた指ふたつをフラフラと揺らした。
選択肢は二つある。が、一つは有って無いようなものだ。
「………Safe wordは?」
「〝大好き〟」
「ふざけんなボケッ! ンなもん言えるか!」
「じゃあ動画流す? 輪姦されてみちゃう?」
「ぐっ、」
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
結局のところ、この清宮という男は俺を手放す気などさらさら無いのだ。この男に出逢ってしまったのも、捕まってしまったのも、全ては自分の撒いた種。過去の行いが招いた、災厄。
ガックリと項垂れた俺に、清宮が漸くいつもの笑みを向けた。
「よし、決まり。俺たちは今日から、正式にパートナーだ。よろしくね?」
思わずチッと舌打ちをしても、清宮の笑は少しも歪まなかった。
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