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Ⅲ:5

 もう何度震えたか分からないスマホが、今もまたカバンの中で長く長く震えている。誰が震わせているのかなんて、画面を確認しなくても分かった。  ここ最近毎日通っていた道をあえて逸れて行く足取りは、迷いが絡みついて酷く重い。だが俺が送りつけた『今日は行かない』の一言に激怒したであろう清宮の着信で、少なからず読み取れるアイツからの執着心が俺の足を何とか篠原へと向かわせているのだから皮肉なもんだ。  俺の目の前で別のSubを相手するアイツが気に入らない。そう思う自分に反吐が出た。  決して清宮に好意を向けている訳ではないのに、まるで嫉妬に狂った女みたいに歯ぎしりする自分が気色悪い。そんなの俺じゃない。俺は、清宮なんかどうでもいいはずなのに。  俺はただ騙されて、脅されて、仕方なくパートナーを組んだだけだ。不満は多々あるけど、確かに清宮はプレイが上手いのか、癖になる程度は気持ち良くしてくれるから付き合ってやってるだけなんだよ、俺は。  アイツが他の奴にどうしようと興味もないし、恋人を作ろうと関係ない、全く関係ないはずなのに。  俺への執着で震えるスマホに気分が良くなるのは、どうしてだ? 清宮と篠原との関係が、首輪の鍵の開け方よりも気になるのは、なんでだ…? 「良かった、来てくれたんだ」  渡された紙に書かれていた店は、俺の通う大学から近い場所にある小ぢんまりとしたBARだった。ここに店があると知らなければ一生気付くことなく通り過ぎていたに違いない、そんな隠れ家みたいな店は、その店内も薄暗く穴ぐらみたいだ。 「隣どうぞ」  促されて座ったカウンターで、取り敢えずの一杯にビールを注文した。飲む気なんてさらさら無かったけど。  篠原はカウンターの向こう側に俺と同じものを頼んでから、こちらを覗き込むように振り返った。 「来てくれないかと思ってた」 「……アンタが呼びつけたんだろ。話だけ、さっさと済ませてぇんだけど」 「なんだよせっかちだなぁ」  困ったように笑うその顔をギロリと睨めば、篠原はおどけた様にわざとらしく肩をすくめた。 「で、知りたいのはどんな話だったっけ?」 「アンタと清宮の関係だよ!」 「あれ、鍵の開け方じゃないんだ?」 「うっ、」 「別に良いけどね。でもさ、昨日言ったと思うけどなぁ? 俺達は、その鍵を開けられる仲だってさ」 「そんなんで分かるわけねぇだろっ!!」 「まぁまぁ、そんな怒んないでよ。大事な話はもっと別にあるんだから」 「まさかアンタ、俺を利用してアイツに取り入ろうとしてねぇだろな」 「えー?」 「言っておくけど、俺をダシにしたって無駄だからな。俺からアイツに繋がるモンは何も出ねぇぞ」 「それは無いと思うけどなぁ…まぁでも、そんな心配する必要ないよ。だって俺、ミヤには興味ないもの」 「……は? ミヤ…?」  その親しげな呼び方に顔を顰めた俺に、篠原がスツールごとズイと近づいた。 「その鍵を開けてあげたいのはさ、何も俺がその位置にスリ変わる為じゃないんだよ」 「じゃあ…なんなんだよ」 「俺はただ、君をアイツから開放してあげたいだけ」  驚いた俺の前に、無愛想なバーテンダーがビールを二つ置く。だが、それに目を向ける余裕は無かった。 「ミヤとのパートナー契約に、満足してる? 本当はどこか虚しいんじゃない?」 「…なに?」 「今まで沢山見てきたよ、ミヤの相手をしてきた子。けどさ、どの子も結局飽きて捨てられるか、自分から投げ出すかして長続きしないんだ」  ゴクリ、と乾いた俺の喉が有りもしない唾液を呑み込もうと動いた。 「プレイしたその時は満たされても、君たちの関係はD/Sのパートナー止まり。恋人や、別のパートナーを持つことだって咎められない。自分がミヤの一番になることは絶対に無いんだもの、そんなのって虚しすぎると思わない?」 「…アンタ、やっぱりアイツの…」 「俺なら君の気持ちを分かってあげられるよ。プレイじゃ満たせない部分を満たしてあげられる。ミヤが君に渡せない一番を、俺なら渡してあげられる」  篠原の手が、ビールに伸びずに俺の太ももへと落ちてきた。つ…と指が布越しの肌を滑る。 「ッ、」 「ねぇ、その首輪を外してさ、俺と恋人になろうよ」 「……いや、でもアンタは」 「俺、こう見えて結構Sっ気あるんだ」 「は? ちょ…」  太ももを撫でていた篠原の手が、ゆっくりと俺の股間に向かって這い上がってきた。

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