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Ⅳ:3
「今日も直で来る?」
「いや、一回帰る。流石に戻ってなさすぎる」
「そう? 今日は俺もちょっと講義で遅くなりそうだから、居なかったら部屋入って待ってて。警備には言っておくから」
「分かった」
「あ、ちょっと待って」
スニーカーを履いて立ち上がると、清宮に腕を引かれた。
「ここ、寝癖が直ってないよ」
長い指が俺の髪の中に滑り込む。暫く真剣な目をして俺の髪を弄っていた清宮は、だが途中で突然吹き出した。
「伊沢くんは髪まで可愛いねぇ」
「はぁ?」
「ピコピコ跳ねて、指だけじゃちっとも言うこと聞いてくんないから」
全然直らないよ。そう言ってくすくす笑う清宮に、俺はちょっとだけ目を奪われた。だって、めちゃくちゃ甘い顔を見せるから。
「いいよもぉ! 俺は寝癖とか気にしねぇから!」
恥ずかしくなって清宮の手を振り払うと、その手を逆に掴まれ引き寄せられて。
――ちゅく…ちゅっ、ちゅ…
朝にしては濃厚なキスが落とされる。
「なッ!?」
「ん、ミント味」
「あっあっあっ、朝からやめろよバカ野郎!」
「いってらっしゃ~い」
笑顔で手を振る清宮に背を向けて、勢いよくドアを閉める。そのまま俺は大きく息を吐いた。
俺は清宮に甘やかされている。嫌でもそう感じる瞬間は、日々の生活の中でも多々ある。
今朝のように、大抵は朝起きると朝食がすでに用意されている。一番最初に食ったのは洋食だった気がするけど、俺の好みが和食だと知ってからは和食しか出なくなった。
朝から思い出す話ではないが、夜モードの清宮は正に鬼畜だ。しかし酷使された俺の躰がそのままにされていたことは一度もない。意識があれば一緒に風呂に入るし、飛ばしてしまっている時はアイツが一人で俺の後処理をしているんだろう。
出会ってから今まで例外なく続くそれを、ずっと当たり前のように受けとっていたが…最近はなんだかその事実がむず痒い。
正直なところ、俺にはまだ〝恋人〟ってやつの自覚がない。騙されていたとはいえ、付き合う前から俺達はセックスをしていたし、清宮の家に入り浸っているのも前と変わらない。
恋人だからと言ってなにが違うのか、イマイチ違いがよく分からないのだ。それは俺が、今まで誰とも付き合ったことがないからなのかもしれないけど。
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