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Ⅳ:終

◇  朝日のまぶしさと、背中への妙な感覚で目が覚めた。 「…おい、何してんだよ」 「あ、おはよう。あんまり背中が可愛いからキスしてた」 「頭おかしいなお前」  酷いなぁ~、なんて言いながら、清宮は最後の一回を背中に落とした。 「首の痕、少し薄くなっちゃったね。付け直していい?」 「嫌だ」 「え~、ダメ?」 「俺たちパートナーじゃねぇだろ? 付き合ってんだから、首輪なんかいらねぇよ」 「……伊沢くんッ!」  後ろからギュウと抱きしめられた。 「それよりお前、あの壁の傷とシミ、どうすんの?」  俺たちが目を向けた、寝室の白い壁。三日前までは新品同様に綺麗だったクロスは、今では一部だけ妙なシミが浮き上がり、それより少し上の方には引っかき傷がたくさんついている。  張り替えるのか? って聞いたら、清宮は世界の終わりみたいな顔をして否定した。 「まさか! そんな勿体無いことするわけない! 俺のコレクションだもん!」 「………」  なんだか深く追求しちゃいけない気がして、その話はそのままそっとしておいた。 「伊沢くん、お腹すいてるぅ? 朝ごはん食べる?」 「食う。大根の味噌汁にして」 「味噌は?」 「合わせで」 「了解」  サイドボードから取ったヘアゴムで、清宮が長い髪を結い上げた。結い損なった後れ毛がふわりと首筋に落ちる。綺麗に筋肉のついた男らしい背中をTシャツで隠し、手早く下着と部屋着を纏うと清宮は寝室を出て行った。  その後ろ姿を黙って見送り、ひとり残されたベッドの上で室内を見回す。  清宮が言っていたとおり、その部屋には自分と清宮以外の記憶は残っていなかった。そして新たに刻まれた記憶、壁の傷とシミが、何だか妙に嬉しかった。  清宮の過去には、沢山の人間の情念が渦巻いている。それが隣に立っている俺へと牙を向くことは、これからもきっと多々あるだろう。  大抵の人間は俺よりも人としてしっかりしていて、見た目も良い奴が多い。だけど、それでも。  今度こそ俺は、写真を見せられたって、特別なんかじゃないと罵られたって、きっとそいつらを余裕であしらってやることができるだろう。  なんたって俺は、アイツのプライベート空間に入ることを許された人間で、そして… 「伊沢く~ん、ご飯できるよ~! 起きといで~」  清宮の味噌汁の味を唯一知る、初恋の相手なのだから。  俺の元へ写真を持ってきたあの男が〝清宮マニア〟と呼ばれる有名な変態であったことと、俺に会った次の日に全治二週間の怪我を負ったと知るのは、この日から二日後のことだ。  誰があの男に怪我を負わせたのか、なんてそんなこと、正直どうでもよかった。  ただ俺は、余計な悩みを増やしてくれたそいつの悲劇を密かに嘲笑った。 END 2018年10月21日のJ.GARDEN45にて、書き下ろしたっぷりのswitch本を発行致します! 詳しくはアトリエブログにて。

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