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番外編:MEMORY ③

 突然自分に視線が集まったことに驚いたのか、その青年は訝しげにこちらを見返した。そうして彼と目があった瞬間、心臓がドクンと脈打った。 「どうかな、やっぱコイツじゃ食指動かない?」  まさか、そんな。 「…ううん、寧ろそそられた」  何故この場にいるのだろうかと不思議に思うくらい、不満そうな、卑屈そうな、退屈で退屈で仕方がないといった表情。如何にもサブ性を見下し相手を傷つけていそうな、典型的なドムのなり損ないタイプ。  俺が思わず口元を吊り上げると、遠くからこちらを見ていた青年は何かを感じ取ったのか、突然立ち上がり逃げを打った。だが、それを見越していた周りの人間にあっと言う間に取り押さえられ、後ろから羽交い絞めにされる。 「ンだよっ、離せよ!」  動けなくなった彼の前に立ち、まだ訳がわからないとばかりに俺を睨みつける彼に名前を告げた。少しして、彼の頭の中で何かが繋がったのか顔色が変わる。 「嫌だ!」  一瞬にして敵意の滲んでいた瞳に怯えが広がった。…俺は、君のその顔が見たかったんだ。 「俺、何か君のこと気に入っちゃったんだよね。…涙が枯れるまで滅茶苦茶に泣かせて、その後たぁ~っくさん可愛がってあげたいなぁ。ねぇ、ダメ?」  彼の返事など有って無いようなもの。俺は未だ嘗てないほど本気で、その目に力を込めた。  相手の意志を無視してまで、プレイの為にスイッチを使ったことなどなかった。なのに…今はなり振り構わず力を使おうとしている。どうしても、目の前の彼だけは逃がしたくなかった。  欲しいと思った。  今までに見たことのない、心底俺を毛嫌いしているといった顔を向ける、その青年が。  ―――Kneel  瞳の奥が燃えるように熱くなる。熱の下りた喉で紡がれた絶対的な命令は、本来ドムであるはずの彼を簡単に跪かせた。 「ひっ、あ…う!?」 「スイッチかけられるのは初めてかなぁ」 「あぁ…ぁ…あぅっ」 「ん、初めてだね。嬉しいよ、君に出逢えて」 「やぁ…やらぁ…」  彼の言葉が舌っ足らずになったのを見て、周りが嘲りの声をあげた。それだけで、どれだけ彼が周りの人間に疎まれているのか窺い知れた。それがまた、俺の独占欲に火を点ける。  君たちは、彼の秘められた魅力をきっと知らない。 「伊沢くん、だったよね? 抵抗するの、苦しいでしょう。今きみは、ドムではなくサブだからね。抵抗すればする程苦しくなるし、言う事をきけばきくほど、気持ちよくなれるんだよ」 「うっうぅ…」 「俺の手に、キスできる?」  伊沢くんが俺を。差し出した手を、苦しげに、憎らしげに見上げる。 「できる? 楽になりたいんでしょう?」 「ひっ、う…く……」  床に倒れ込んでいる伊沢くんが、四つん這いになり俺の足に顔をゆっくりと近づけた。 「伊沢くん…?」  差し出された手を無視して、足の甲へと口付ける。 「んっ…ふ…ん、」  靴下が邪魔なのか、彼は布に思い切り噛み付いた。辛そうにしながらも俺の足から靴下を咥えて剥ぎ取る彼に、周りは息を呑んだ。

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