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③
「で、どうだった?」
「……最高に萌えました」
「でしょぉお!?」
次の日の昼休み。
絶対気に入ると思ったんだよね! と腰に手を当て鼻を鳴らすのは、僕のクラスメートの前川さん。学年で一位、二位を争う美女だ。何故そんな美女が平凡を絵に描いた様な僕に話しかけているのかというと、彼女は僕を妙な妄想野郎に覚醒させた張本人だからだ。
前川さんは所謂“腐女子”というやつだった。
ある日の放課後。一度は帰路についたものの弁当箱を教室に忘れたことに気付いた僕は、面倒ながらも態々取りに戻った。すると教室の中では、前川さんを含む数人の女生徒が集まり妙な盛り上がりを見せていた。
酷く楽しそうなその空気を壊しては悪いと思いつつも、弁当箱は取りに行きたい。思い切ってエイっ!!と教室に飛び込めば、途端に止まる笑い声。僕は直ぐに後悔に襲われたのだが、何とその後、予想だにしない事態が起きた。
「ねぇ、筒井くんってオタク?」
「へ…、え?」
「もしかして腐男子だったりしない?」
突然駆け寄ってきて目の前で瞳を輝かせる美人。他の男子に混じって、僕も密かに憧れを抱いていた相手だから、思わず頬を赤く染めた。
だが、何の躊躇いも無くパーソナルスペースへ突っ込んできた前川さんに、僕は慌てて首を横に振って見せる。
「ま、漫画は読むけど…腐男子じゃ、ないよ」
目の前でみるみるうちに失われていく瞳の輝き。
僕はこの時、思春期真っ只中の男子高校生として当然の欲を持ってしまった。
(ここで話を合わせれば、前川さんと仲良くなれるかも。そこからもしかしたら…)
「で、でも実は、ちょっと興味あったりして…」
欲に目が眩んだ男の精神が、勝手に紡ぎ出した言葉だった。だがその言葉は前川さんの心を大いに惹いた様で、瞳に輝きが舞い戻る。
「ホント!? 実は私腐女子なんだけど、男の子とも是非BLを語ってみたくて! 良かったら今一冊漫画持ってるから、読んでみない!?」
そうして押し付けるように渡されたBL漫画の内容は、こんな感じだった。
美形な兄と、全てが平凡な弟。
彼らは両親の再婚により家族となった義兄弟で、美形兄はいつも平凡弟を邪険にしていた。当然弟は兄に嫌われているのだと思い込む。だが実は、美形兄は平凡弟に一目惚れしていたのだ。そうして恋心を拗れに拗れさせた美形兄は、遂に両親が不在の夜、平凡弟を襲い無理矢理手篭めにしてしまうのだった…。
展開は非常にベタだ。
けれど、初めてBL漫画を読んだその時の僕の衝撃と言ったらなかった。序盤からセクハラじみたエロが入りドキドキしていたのだが、終盤はほぼエロドロで大興奮。その上襲われている弟が平凡な容姿だったことから、僕はいつの間にか自分の姿を重ね合わせてしまっていたのだ。そして自ずと美形兄の位置には、自身の兄、葉介の姿が。
気色悪いと感じるべきはずのそこで、僕は何故か異様に興奮してしまった。
いつも僕を奴隷の様に扱うあの兄が、もしも僕の事を好きで空回っているのだとしたら?
僕のことが好きで好きで堪らなくて、毎日僕への気持ちに焦れているのだとしたら?
そう考えると、途端に兄の暴君振りが可愛く思えた。まぁ、いつだって直ぐに現実を突きつけられてしまうのだけど…。
だがその日を境に確実に、僕の妄想はガラリと変化を遂げた。
「お風呂の場面、凄くエロくなかった?」
「エロかった…お陰で酷い目にあった」
「え?」
「何でもない…」
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