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 両親が結婚記念の旅行に出掛けたのは今日の朝。  いつもふたりで住んでる様なものだから大丈夫でしょ、と軽く言ってくれた母は、随分と浮き足立って家を出て行ったっけ。人の気も知らないで…。  親が居ないのをいいことに、兄が夜遊びにでも出かけてくれないかと期待してみたけど、兄はその日もいつもと変わらず家に居た。学年ごとに色の違う、臙脂色のネクタイを気怠げに緩めソファにドカっと座る。その雰囲気がどうにも色っぽくて、僕の妄想が暴走し始める。  ダメダメダメ! 絶対にダメっ!!  慌てて頭を振って妄想を追い出す。体にまで反応が出始めた今、本人の目の前で妄想するなんて危険この上ない。どうにか一旦兄の側から離れねばと思った僕は、ポケットからスマホを取り出した。電話帳に新しく追加された名前を見て、決意する。  こうなったら、多少状況がバレても良いから前川さんに相談してみようと思った。気分を落ち着けるためにも、今は別の人間の声を聞くべきだと、そう思ったのだ。 「ね、ねぇ葉兄」 「あ?」 「ご飯、もう少し後でも良い? 僕、ちょっと電話したくて…」  僕がそう言うと、兄の纏う空気が一気に温度を下げた。 「誰に」 「へ?」 「誰に、何を連絡しなきゃならねぇ?」  いつもの怒った声ではない、妙に静かなトーンが妄想と重なり心臓が跳ねる。そして何故か兄は、ソファからゆっくり立ち上がり僕に近付いて来た。 「あの…その、ま、前川さんに少し用事が…」 「前川ぁ?」 「あ、僕と同じクラスの」 「女か」  え、と兄を見上げた瞬間に伸ばされた手。  思わず反射で逃げを打つが、僕の体は呆気なく兄の手に捕まった。 「最近やけに親しいな」 「えっ? え、えっ?」 「メールの次は電話か?」  パニックに陥っている間にスマホはするりと僕の手から抜き取られ、耳元で嫌な音が響く。そうして足元に投げ捨てられたのは、先ほど兄に奪われた僕のスマホだった。きっと再起不能だろう程、その画面はバキバキに割られていた。  スマホを壊した兄の手が、今度は僕の首にかけられる。 「今度はあの女で妄想してんのか」 「へ…」 「もう俺には飽きたのか」 「よっ、ように…苦しっ」  訳も分からず首を圧迫され、目尻に涙がたまる。  もしかして葉兄は僕のこと…何て甘い妄想は、やっぱりただの妄想だった?  首を絞めたくなるほど、僕が嫌い?  そう思う自身の心に傷つきながら、必死で抵抗して後ろを見上げたその先の…兄の瞳に息を呑んだ。  多分これは、見てはいけない瞳だった。  決して気付いてはいけない色をしていた。  だってそれは、夢にまで見た妄想と全く同じだったから…。 「妄想だから飽きるんだ」 「ぅ…ぁ、」 「お前の妄想」  全部俺が、現実にしてやるよ――――  今までの妄想が全て口に出ていたと知るのは、それから数時間後のこと。  また、僕と連絡が取れなくなった理由を考えた前川さんの妄想と、兄に教え込まれた現実が寸分の狂い無く重なっていたと分かるのは…。  べっとりと所有印を残された体で教室に立つ、三日後のことだった。   END

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