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第9話

 翌朝。 伊織は庭の水撒きをしていた。 Tシャツにハーフパンツにビーサンという、珍しくラフな服装で。  早朝と言っても真夏、すでに陽はかなりの熱さで照りつけていて、汗だくである。 ホースの真ん中をつまんで噴射させる。 時折虹が見えて楽しい。 緑たちも水浴びできて嬉しそうに見える…  と、不意に頭にふわりと何か乗っかった。 「帽子被らないと、ぶっ倒れちゃうよ!」 花音が麦わら帽子を伊織に被せたのだ。 「花音さん。おはようございます」 花音はと言うともちろんつばの広い、花の飾りがついた麦わら帽子を被り、水色のワンピースを着て笑っている。 「おはよう!花音でいいよ、それに敬語もいらない、私の方が年下なんだから」 花音が笑うと花が咲くように周囲が華やぐ。  学校でのユキはどんなだとか質問されて、伊織は水撒きしながらのらりくらりと答えているが、花音もみるみる汗だくに。 「暑いから、もう中に入ってて」 「え〜、もっと高杉さんと話したいんだけど…確かに暑いわ!じゃあまたね」 ニカッと笑うと、ユキのそれとかぶった。 「よく似てるな…」  DNAってすごいんだな、家族ってそういうものなのか。 伊織には新鮮だった。   父親に全く似ていない伊織は、現存している誰にも似ていない。 おそらく母に似ているのだろうけれど、写真の一枚も残されていない。 自分のルーツのようなものが、なにもないのだ。  同じ頃。 配送業者のトラックから積み荷を降ろして荷物置き場へ運ぶ作業中のユキ。 そこへ和成がやってきた。配送業者に請求書などの取り交わしをするためだ。 「ユキ。おはよう」 「おう、兄貴」 「一段落ついたら、少し話さないか?」 「わかった」  スタッフ休憩室に移動し、自動販売機で和成はアイスコーヒー、ユキはコーラを買って椅子に座る。 「何?話って」 「いや、特にないんだけど、久しぶりだしさ。昨日はあんなんで話せなかったし」 家族のワイワイの中、落ち着いて話ができなかった、と和成は笑った。

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