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第11話

「俺は、お前が羨ましいよ」  和成が意外なことを言うので、ユキは驚いた。 ずっと羨ましかったのはユキの方だ。 常に父の、母の注目を浴び続け、期待に応え、完璧な人間である兄を羨み、憧れ、また妬ましくも思う。 「なんでこんな落ちこぼれ、羨ましんだよ」 「お前は落ちこぼれなんかじゃないよ、自分からリタイアしただけじゃないか。…リタイアできることすら、羨ましい」 そう言った兄は、ひどく疲れて見えた。 「俺はずっと兄貴が羨ましかったわ。1人で親の注目みんな持ってってな。花音が生まれたら俺はもっと放ったらかしにされてよ…」  和成もまた、ユキのこんな気持ちを聞くのは初めてだった。 適当に好き勝手やっているだけでお気楽な弟だと思っていて、自分には到底できないことをやってのける弟を、兄もまた羨ましく妬ましいのだった。 「そっか、ユキは寂しかったんだな。お互いないものねだりなんだよな」 和成が寂しそうに笑う。 「俺はさ、ユキ。自由で、自分の思うようにやる行動力も度胸もあって、そんなお前が心底羨ましかったんだよ。俺は、ただ長男だから、後継者にされようとしてるけど、きっと父さんたちは俺のこと適任じゃないと思ってる」  和成の瞳に陰りが見える。前に会った時はこんなじゃなかった、とユキは思った。 「何言ってんだよ、兄貴より適任なんかいねえだろうが」 「どうしてそう言える?学校の成績がいいから?スポーツができるから?親に逆らわないから?」  一気にまくしたてると、大きくため息を1つ。 「だんだんわかってくるんだよね、経営者、とか、人の上に立つってさ、成績とかそんなんじゃないんだよ…血のにじむ思いで、父さんたちの期待に応えようと、必死で勉強もスポーツも頑張ってきた。友達と遊んだり恋愛する暇もなくね。だけど、そういうのじゃないところで、あるんだよ、向き不向きっていうかさ」  ユキは和成が何を言いたいのか、何となくわかった。 和成は確かに、親の言うことをよく聞く良い子で、履歴書的には非の打ち所のない男だ。 だが、親の言いなりになり続けたことで、自分で決めたり選んだりする力が弱く、また気が優しいのが災いしてここぞと言う時に強く出ることもできない。 わかりやすく言えば、度胸がない。  また見た目も威厳という言葉からは程遠い、ひょろりとした優男である。 人間としてはいい人、でも、上に立つ者として…という、和成の言葉には、納得してしまうのだった。

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