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第31話 大野となごみ3

(なごみ語り) イベント予定地の建物内は閑散として、だだっ広い空間が漠然と続いていた。 ここにブースを作って、動線を考える。それからセンサーや照明を設置するには半端ない労力と下準備が必要になる。気の遠くなる作業のゴールは想像もできなかったが、彼らの頭の中にはあるらしく、寺田と大野君は図面を広げて何やら話し込んでいた。 そもそも僕にはあまり行く必要がなかった視察のため、間もなく手持ち無沙汰になる。 無機質なコンクリートを眺めながらゆっくりと歩いた。 この時間があればどれだけ事務処理が進んだだろうと考えると歯がゆい気持ちになる。 偶には事務所を出て外を見るのも悪くないから、気分転換にして、帰ったら集中して仕事を進めよう。今日中には帰宅したい。 「なごみさんっ」 大野君が僕の側に駆け寄ってきた。隣にいた筈の寺田がいない。 「あれ、寺田は?」 「部長が来るらしくて、駐車場まで迎えに行きました」 「そう。部長が来るなら尚更やることなくなるね。休憩してもいいかな」 「付き合います。部長へは寺田さんが説明しますから、俺も暇です」 互いに自販機で缶コーヒーを購入し、ベンチへ座った。隣で缶コーヒーを飲みながら、宙を見つめる。確か、こんな光景が前にもあったな。僕が諒を思い出して泣いたんだった。人前で制御が効かず涙を浮かべるなんて、余程精神が弱っていたようだ。あの時より前向きでいられのは渉君のお陰だ。 「あの……この間はありがとうございました。ご迷惑をいっぱいお掛けしてしまって」 「別にいいよ。気にしてないから」 「コンパもすみません。生意気に色々言いました」 「僕も気分転換したかったから気にしないで。そろそろ新しい出会いが必要かもしれない」 あくまでも、大野君の前ではノンケのふりをした。収拾のつかない想いを誤魔化すために、仮の自分になる。そっちのほうが遥かに楽だった。 「そんな無理して笑わなくてもいいですよ。俺の前では素でいてください」 素か……素の僕を知りたいのか。 大野君は全て知っているようなことを言う。何も知らないくせに、僕を心配したり、労わるような言葉をかけてくるのだ。

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