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第39話 なごみと過去5
(なごみ語り)
だが、次の金曜日も、その翌週も諒は姿を見せなかった。寂しそうなネコが飼い主を待っているかのように僕のカバンに収まっていた。
ネコのキーホルダーを拾った1ヶ月後、忘れかけていた頃にやっと諒を見かけたのだ。大学構内で大きな鞄を持って歩いていた。背も高く見た目が厳ついので別の意味でとても目立っていた。
同じ大学だったことに驚く。結構歳上と思っていたけど、年が近いことに親近感が湧いた。
初夏の気持ちのいい風が吹いて、さわさわと若葉が揺れる音がした。襟元を優しい風がすり抜けていく。僕の好きな新緑の匂いが胸いっぱいに広がり、僕は思い切って声を掛けようと息を吸い込んだ。
「…………あっ、あのぅ………」
ものすごく緊張した。諒の視線が僕に注がれるのを感じる。見下ろされるような、少し怖さも混じったあの感じ。
「これ、落としてたから……」
カバンからネコを出した。ようやく飼い主のところへ戻れるんだね。ブサ猫が風で揺れる。
「……えっ、あ、ありがとう」
思ったとおりの低い声で諒は猫を受け取ってくれた。
「じゃあ」
用件は済んだので、僕はうつむいたままこの場を立ち去ろうとすると、突然肩を掴まれる。
「ねえ、君ってどこかで会ったことないっけ?」
へっ?びっくりして、次の動作が続かない。
「鍼灸院で……時々……」
「そうだ、いつもいたよね。あそこで落としたんだ」
僕を覚えていてくれたんだと、恥ずかしさと嬉しさが入り交じり、更に顔が上げられなくなった。
「じゃあ、今日も鍼灸院へ行くの?」
今日は金曜日で、だからネコも鞄に入っていた。僕はこくん、と俯いたまま頷く。
「俺も予約取ってるから、良かったら一緒にどうかな」
「え……」
僕は顔を上げて、諒を見た。
そして、彼はにこりと目を細めて笑う。
もう恋はしないと決めていたのに、同性に期待したらいけないと頭では分かっていたのに、一瞬で好きになっていた。
生まれて初めての一目惚れだった。
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