40 / 270

第40話 なごみと過去6

(なごみ語り) 諒は大学4年生だった。 在学中にカメラと出会ってフォトグラファーを志し、今は師匠のところで見習いの仕事をしているのだそうだ。大学は卒業しろと師匠に言われたため合間を縫って足りない単位を補っている。 諒は怖そうな見た目に反して、人の話をきちんと聞く礼儀正しい人だった。僕はドキドキして何を話したのか覚えていない。状況を飲み込むだけで、自分のキャパシティを遥かに超えていた。 この人はノンケだから、好きになってはいけないと呪文のように唱えていたことは記憶にある。自分が苦しくなるだけ、辛いだけだから、普通の人のような恋はしちゃいけない。 それから、治療院で会うと会話をするようになった。恋愛なんて臆病でゲイな僕には夢のまた夢で、別世界の事だと思っていた。 だから、諒と言葉を交わすことが、あの頃の僕にとって一番幸せなことだった。 3ヶ月経ったある暑い夏の日、大学の友達と飲みに行った帰りのことだった。夏休みにもかかわらず、諒とは治療院でしばらく会っていない。 仕事が忙しいらしく、全く姿を見かけなかった。 うだるような夜の暑さのなか、滴る汗を拭きながら帰路を急いでいたところ、突然の大雨に駅で立ち往生することになる。大粒の雨が地面に刺さるように降っており、大音量の雨音がすべてを飲み込んでいた。傘が役に立たないゲリラ豪雨に止むまで待つしか術はなかった。 そんな中、駅の前で僕に手を振り近付いてくる人がいた。人ごみから僕に気づいてくれたことが、にやける程嬉しかったのを覚えている。 そこには真っ黒に日焼けした諒がいて、久しぶりの姿に心臓が高鳴っていた。

ともだちにシェアしよう!