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第55話 恋人と友達の境目3
(渉語り)
「洋ちゃんは、恋人を作る気はないの?」
思い切って単刀直入に聞いてみた。
だけど、自然に話題に入れるようにさり気なく、緊張を悟られないようにそれとなく装ってみる。
手に汗が滲んだが、洋ちゃんは全く気付いていない。
「うーん。あまりないかな。恋愛はしんどいもん」
やる気のない回答が即返ってきた。落ち込む暇もないくらい、サッパリとしていた。
やっぱり脈がないかと、肩を落とす。
しょうがないか。想定内だったし、しんどいからっていう理由が老人みたいで後に続く言葉が見当たらない。洋ちゃん、恋しようよ。恋は素晴らしいものだよ。
力説したくなったが、その気の無い人を導けるほど自分の話術に自信は無かった。
「だけど、もし渉君みたいな人が現れたら、考えるかな。身体も胃袋も掴まれてるから、好きになっちゃうかもしれない。その時になってみないと分からないけど」
洋ちゃんは特に気にもせず、トングで肉を焼いている。
え?今、さりげなく凄いこと言わなかった?
僕、もしかして前進してる?
もっとしっかり聞いておけばよかったと半分聞き流してしまった自分を呪った。
「え、僕……みたいな人でもいいの?」
急展開に頭が追いついていかない。
洋ちゃんが間接的に僕と付き合ってもいいって言った。絶対言った。
「うん。渉君みたいな人が傍にいてくれたら幸せだと思うよ」
「じゃあさ……」
ようやく本題に触れようと、意を決して話しかけた時、店員さんが頼んでもいない肉を持ってきた。
高級そうな葉に乗っている霜降りのステーキはテカテカと怪しく光っている。
こんな高そうで体に悪いのはいらない。
「これ………頼んでませんけど」
「あちらのお客様からの差し入れです」
どっかの高級バーの肉バージョンかと思いながら、店員さんがあちらと案内した先に視線を移すと、そこに座っていたのは知った顔だった。
その人は僕にひらひらと手を振り、笑顔で僕を見た。
「……榊さん…………?」
5年前に少し付き合っていた人だ。よりによって、今ここで会うなんて。あーもう、話が余計にややこしくなると、心の中で舌打ちをした。
僕は洋ちゃんの恋人になりたいだけなのに、色んなものが邪魔をする。
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