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第56話 恋人と友達の境目4
(渉語り)
彼とは、僕が23歳で榊さんが30歳だった5年前に半年程付き合った。僕の片思いから、やっとの思いでお付き合いまで漕ぎ着けたけど、結局すれ違いでダメになった。呼び方も名前を呼ぶまでには至らず、違和感が残ったままだ。榊さんは商社勤めで世界中を飛び回っている。プラス恋愛をしようだなんて、僕が欲張ったからだと反省している。
僕が洋ちゃんに告白しようとした時に、元彼と5年ぶりに再会するとは、呪われてる気さえしたが今更引けない。
手を振っている榊さんの隣には可愛い女性が座っていた。2人はお似合いで一瞬恋人かと思ったが、そういえば榊さんもゲイだった。両刀など以ての外の、ガチムチが好みで、僕と付き合った時は周囲に随分と驚かれたものだった。
「あの人は渉君の知り合い?すごいお肉だね。こんなの食べたことないよ。油が焼く前から溶けてる」
関心したように、洋ちゃんが感嘆の声を上げた。
榊さんはお金を持ってるし、こういうことをしてくるとは……何か嫌な予感がした。
もしや洋ちゃん狙いとか。
それは無いだろうが、何だか怖いので確認をしに行かねばなるまい。
「うん。昔の知り合い。お礼を言ってくるから、ちょっと待ってて」
「分かった。これ焼いて待ってる」
完全に肉に空気を持って行かれ、告白するタイミングを外した。悔やんでもしょうがないと溜息を吐く。
「榊さん……お久しぶりです。お肉ありがとうございました。驚いた。こんな所で再会なんて」
僕は緊張しながら話しかけると、待ってましたと言わんばかりに榊さんがこちらを振り向いた。口元がにやけている。
「あ、渉。やっぱり渉だよな。久しぶり。元気そうだね」
三つ揃えのスーツをキチンと着こなし、趣味のいい高級腕時計が袖口から覗いている。仕事のできる人特有の湧いてくる自信を感じた。
別れた時と全然変わらず、榊さんはいい年の取り方をしている。
僕は、その人がどんな暮らしをしているか、身体を触ればだいたいわかる。変な意味ではなく、鍼灸師として身体を見たくなった。どこから生命力が溢れてるのか、職業柄の癖がうずうずしてくる。
隣にいた女性は会社の部下と紹介された。
清楚で可憐で、見た目だけは榊さんとお似合いだ。
「連れの人は、友達?」
榊さんが洋ちゃんに視線を送る。
「ええ……まだ友達です」
「へえ、趣味が変わったね。可愛い男の子がいいんだ。年下でしょ?渉が年下……そう来たか」
「彼は特別ですから」
洋ちゃんは僕より4つ歳下で、大切な存在だから、趣味や好みは関係ない。
別に外見で好きになった訳でもない。
僕は洋ちゃんだから好きなんだ。
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